【第5回】労働時間規制と人材戦略― 若手・中堅・高齢者の分断はなぜ生まれるのか ―

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労働時間規制の見直しを巡る議論は、制度や生産性といった抽象的なテーマとして語られがちです。しかし、企業の現場で実際に起きているのは、より具体的な「人材の分断」です。
若手には手厚い賃上げや柔軟な働き方が用意される一方で、中堅層は負荷が集中し、高齢者は制度上の制約から働き方が限定される。このような世代間の歪みは、労働時間規制と人材戦略が噛み合っていないことから生じています。
本稿では、労働時間規制が人材配置や評価にどのような影響を与えているのかを、若手・中堅・高齢者という三つの層に分けて整理します。

若手層:守られる存在としての働き方

近年の人材戦略において、若手社員は最も手厚く保護される存在となっています。
賃上げアンケートでは、重点的に処遇改善を行う対象として若手や新入社員が上位に挙げられました。背景には、採用競争の激化と早期離職への強い警戒感があります。
労働時間規制の観点でも、若手は長時間労働から守られる対象として位置付けられています。残業抑制や有給取得の促進は、若手の定着には一定の効果がありますが、その一方で「時間内で成果を出す経験」を十分に積めていないという指摘もあります。

中堅層:負荷が集中する世代

若手を守る一方で、最も大きな影響を受けているのが中堅層です。
業務の実務を担い、管理職予備軍として期待される中堅層は、時間規制がある中でも業務量をこなすことを求められがちです。結果として、表に出にくいサービス残業や心理的負荷が集中する構造が生まれています。
賃上げにおいても、中堅層は若手ほど優遇されず、管理職ほど裁量もないという位置付けになりやすく、不満が蓄積しやすい層となっています。

高齢者層:制度が縛る働き方

高齢者の就労は、労働力人口の拡大に大きく貢献しています。しかし、その働き方は必ずしも本人の能力や意欲に応じたものになっていません。
在職老齢年金や社会保険の仕組みにより、一定以上働くと不利になるという認識が根強く、労働時間を意図的に抑える行動が見られます。その結果、高い専門性や経験を持つ人材であっても、短時間・補助的な役割にとどまるケースが少なくありません。

労働時間規制が生む世代間の歪み

このような世代ごとの状況を俯瞰すると、労働時間規制は一律に適用されているようで、実際には世代間で異なる影響を及ぼしていることが分かります。
若手は保護され、中堅は調整弁となり、高齢者は制度によって抑制される。この構造が続けば、組織内の信頼関係や育成の連続性が損なわれる恐れがあります。

人材戦略としての労働時間設計

本来、労働時間規制は人材戦略の一部として設計されるべきものです。
誰にどの業務を任せ、どの段階で負荷をかけ、どのように次世代へ引き継ぐのか。その設計なしに時間規制だけを議論すれば、世代間の分断は深まります。
成果や役割に応じた柔軟な時間配分、AI活用による業務負荷の平準化、年齢に依存しない評価制度など、総合的な見直しが必要です。

分断を避けるための視点

重要なのは、労働時間を「制限」ではなく「配分」として捉えることです。
若手には成長のための挑戦の機会を、中堅には裁量と正当な評価を、高齢者には経験を活かせる持続的な働き方を用意する。そのための前提条件として、労働時間規制と人材戦略を切り離さずに考える必要があります。

結論

労働時間規制は、単なる労務管理の問題ではなく、人材戦略そのものです。
若手・中堅・高齢者の分断が進めば、賃上げやAI活用といった施策の効果も限定的になります。
世代ごとの役割と働き方を再設計し、労働時間規制を人材育成と一体で捉えることが、日本企業の持続的成長に不可欠だと言えるでしょう。

参考

・日本経済新聞「〈社長100人アンケート〉労働規制緩和『賛成』9割」
・日本経済新聞「〈社長100人アンケート〉賃上げ『5%台』が最多」
・日本経済新聞「労働力、初の7000万人視野 女性・高齢者・パート勤務増加」


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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