――財産の承継を確実にする仕組み
ここまで、第1回では福祉サービスの制度改正、第2回では任意後見、第3回では死後事務委任契約を取り上げてきました。いずれも「生活や死後の安心」を確保するための制度です。
しかしもうひとつ大切なテーマがあります。それが「財産をどう引き継ぐか」です。
独居高齢者の場合、財産を相続する子や配偶者がいないケースも多く、きょうだいや甥姪に承継したい、あるいは寄付をしたいと考える方もいます。
その想いを確実に実現するには、遺言 と 信託 が有効な手段となります。
遺言の基本
遺言とは、自分の死後に財産を誰にどのように承継させるかを指定する法的文書です。日本の民法で効力が認められており、形式を守らなければ無効となります。
遺言の種類は:
- 自筆証書遺言:自筆で作成。簡単だが形式不備や紛失リスクがある
- 公正証書遺言:公証役場で公証人に作成してもらう。費用はかかるが最も確実
- 秘密証書遺言:内容を秘密にしたまま形式を整える方式(利用は少ない)
特に独居高齢者にとっては、公正証書遺言 が安心です。家庭裁判所の「検認」が不要なため、残された人がスムーズに相続手続きを進められます。
家族信託(民事信託)の活用
近年注目されているのが 家族信託(民事信託) です。これは、財産を「受託者」に託し、その管理・運用・承継を信託契約で決めておく仕組みです。
仕組みのイメージ
- 本人(委託者)が、自分の財産を信頼できる人(受託者)に託す
- 受託者は契約に従って財産を管理・運用する
- 本人(受益者)は、その財産から利益を受け取る
- 本人の死後は、契約に従って財産を承継させる
メリット
- 認知症になっても財産管理が継続できる
- 不動産の管理・賃貸・売却など柔軟に対応できる
- 死後の承継先を複数段階に指定できる(例:まず配偶者、のちに甥姪へ)
注意点
- 信託契約書の作成が複雑
- 登記や税務申告が必要になる場合がある
- 専門家への報酬が発生する
遺言と信託の役割分担
遺言と信託は「競合」ではなく「補完」の関係です。
- 遺言 → 死後に効力を発揮し、財産の行き先を確定
- 信託 → 生前から死後にかけて財産を管理・承継
つまり:
- 最低限の備え:遺言だけ
- 安心の二重構え:遺言+家族信託
という形で組み合わせるのが理想です。
税理士・FP視点:税務と相続設計
- 遺言による財産承継は、相続税の計算に直結します。遺言で分配を指定しておけば、相続人間の争いを防ぐだけでなく、節税の工夫(相続税の基礎控除や配偶者控除の活用)を事前に計画できます。
- 信託を使えば、不動産の賃貸収入を高齢者の生活費に充てるなど、キャッシュフロー設計も可能です。ただし、信託課税の仕組みを理解しないと二重課税になるリスクもあるため、専門家の関与が不可欠です。
ケースで考える:独居女性(80歳、資産1億円)
- 課題:認知症リスクに備えたい。死後は一部を甥に、一部を慈善団体に寄付したい
- 対策:
1. 家族信託で不動産管理を長女に委託、賃料収入を生活費に充当
2. 公正証書遺言で、死後の財産分配(甥・慈善団体)を指定
3. 税理士と相談し、寄付金控除を活用して相続税を軽減
これにより、生前も死後も安心できる資産管理・承継が実現します。
まとめ
独居高齢者にとって、遺言と信託は「財産をどう守り、どう承継するか」を考える上で欠かせないツールです。遺言で最終的な行き先を確定し、信託で生前からの管理を補完する。この二重構えで、「人生100年時代の安心」がぐっと高まります。
税理士・FPとしては、遺言や信託を個別に紹介するだけでなく、任意後見・死後事務委任と組み合わせて「総合的な老後・相続設計」を提案することが求められます。
次回予告
最終回となる第5回は「費用試算とケーススタディ」を取り上げます。
- 公的サービスを使う場合にどれくらい費用がかかるのか
- 民間サービスや信託を組み合わせると総額はいくらになるのか
- 資産規模別に見た最適な制度設計のパターン
を、具体的な数字で整理していきます。
(参考 2025年9月11日付 日経新聞朝刊)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
