「自社株でつなぐ社員と企業 ― 広がる株式報酬と“消却”の真意」

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1. 「給与」から「資産」へ ― 変わる報酬のかたち

いま、企業が社員に「自社株」を報酬として配る動きが広がっています。
2025年6月末時点で1,224社が導入し、過去最高を更新。上場企業全体の3割超が実施しています。背景にあるのは、東京証券取引所が2023年に求めた「資本コストや株価を意識した経営」。企業が株価を意識するだけでなく、社員にも“経営の視点”を共有する狙いがあります。

2. 「経営に参加する社員」たち

株式報酬の広がりは、単なる報酬制度の変化にとどまりません。
トヨタ自動車は2026年3月期から、幹部50人に信託を通じて自社株を給付。三井化学は約6,000人の社員に6年間の売却制限付き株式を配りました。NECでは幹部約400人に年収の1割相当の自社株を給付し、将来的には6,000人超へ拡大予定です。
こうした制度は、現場のリーダーを「経営陣の一員」として中長期の企業価値向上に巻き込む試みとも言えます。

3. 「人材のつなぎ留め」と「資産形成」の両立

株式報酬は将来的な値上がり益や配当も期待できるため、現金より資産性が高い報酬です。
例えば求人サイト運営のリブセンスは、5年間の売却制限を設けたうえで「退職後も保有できる制度」を導入しました。退職者とも関係を保ち、再雇用や協業につなげる狙いがあります。
IT業界など人材流動性の高い業種では、株式報酬が人材リテンション(つなぎ留め)の有効な手段になっています。

4. 「格差」是正への小さな一歩?

経営者と社員の報酬格差を示す「ペイレシオ」は、東証プライム上位100社で平均17倍
物価高のなか、社員の賃上げが追いつかない現実があります。株式報酬はこの差を一挙に埋めるものではありませんが、業績が良いほど社員も報われる仕組みを作る意味で、公平感を生む試みとも言えます。

5. 「金庫株」の出口戦略 ― 消却という選択

一方で、自社株を“貯めこむ”企業も増えています。報酬やM&Aなど具体的な使い道がない株は「金庫株」と呼ばれます。
しかし市場では「再放出で株価が下がるのでは」と懸念されやすいため、最近では積極的に株を消却する企業が増えています。
2025年1~9月の自社株消却件数は397件(前年同期比24%増)で過去最多。
丸井グループは発行済株式の12%、ENEOSは11%を消却しました。これは単なる数字の操作ではなく、「株主還元への本気度」を示すシグナルです。

6. 自社株買いの“終わり”ではなく“始まり”

自社株買いをすると、自己資本が減るためROE(自己資本利益率)が上がります。しかし、買ったまま保有するだけでは意味がない
消却することで市場への信頼を高め、株価の下支えにもつながります。
東証スタンダード市場では、上場維持基準を満たすために自社株を消却する例も見られます。佐藤食品工業は発行済株式の約11%を消却し、流通株式比率を引き上げました。

7. 今後の焦点 ― 「持ち株社会」は成熟できるか

欧米ではすでに従業員株主が一般的。米国主要企業の74%、英国では79%が従業員向け株式報酬制度を公開しています。
日本でも法制審議会が従業員への無償交付を認める会社法改正を議論中。もし実現すれば、株式報酬導入のハードルはさらに下がります。
一方で、「一定期間の売却禁止」が労働者保護の観点で適切かという新たな論点も生まれそうです。


■ 編集後記

かつて「給与は生活費」でしたが、今は「報酬は資産」へと変化しています。
企業が社員を“株主”として迎え入れる時代、社員に求められるのは経営視点と長期的な視野です。
株価を通して、自分の働きが企業価値にどうつながるかを感じる――そんな新しい関係性が、これからの働き方の鍵になるかもしれません。


📘 出典:

  • 日本経済新聞「社員に自社株報酬 広がる」(2025年10月24日朝刊)
  • 日本経済新聞「自社株、消却も積極的」(2025年10月24日朝刊)

という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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