近年、「多様な生き方を尊重する社会」という言葉を目にする機会が増えました。
働き方、家族の形、人生設計は人それぞれであり、それを前提とした制度が求められているとされています。
しかし、年金世代の視点から見ると、
「言葉としては理解できるが、制度は本当に追いついているのだろうか」
という疑問が残ります。
今回は、このスローガンと制度設計のあいだに生じている溝を見ていきます。
人生の選択肢は確かに広がった
年金世代が若い頃と比べると、人生の選択肢は大きく広がりました。
結婚するかしないか、子どもを持つかどうか、働き続けるか家庭に入るか。
どの選択も「個人の生き方」として尊重される時代になっています。
しかし、選択肢が増えたことと、その結果を制度が等しく受け止めているかどうかは別問題です。
制度は「平均的な人生」を前提にしている
年金、医療、介護といった社会保障制度は、長い時間をかけて積み重ねられてきました。
その多くは、
- 結婚し
- 子どもを持ち
- 定年まで働き
- 家族に支えられて老後を迎える
という、かつての平均的な人生像を前提に設計されています。
その前提から外れる生き方が増えれば増えるほど、制度との摩擦が生じやすくなります。
生き方の違いが「有利・不利」に変わる瞬間
本来、多様な生き方とは価値観の違いであり、優劣の問題ではありません。
しかし制度の中では、
- どの年金を受け取るか
- 家族がいるかどうか
- 働き続けたかどうか
といった違いが、結果として負担の差や扱いの差に変わって表れます。
その瞬間、生き方の違いは「選択」ではなく、「制度上の有利・不利」に変わってしまいます。
年金世代が感じるのは後出しのルール変更
年金世代が特に強い違和感を覚えるのは、
「その生き方を選んだ当時には、想定されていなかった結果」
を後から突きつけられる点です。
働き続けた結果、年金や介護の負担が重くなる。
単身で老後を迎えた結果、制度利用が難しくなる。
これらは、当時の選択時点では予測できなかったことばかりです。
結果として、
「多様な生き方は尊重されるが、その責任はすべて個人が負う」
という印象を持たれてしまいます。
スローガンだけでは制度不信は解消しない
多様性を尊重するという言葉自体は、否定されるべきものではありません。
しかし、それが制度設計に反映されていなければ、年金世代にとっては空虚なスローガンに映ります。
重要なのは、
- どの生き方を選んでも
- 老後の安心が大きく損なわれない
という最低限の土台を制度として用意することです。
結論
年金世代が感じる制度不信は、多様性という考え方そのものへの反発ではありません。
多様な生き方を認めると言いながら、その結果を制度が十分に受け止めていないことへの違和感です。
制度は、個人の人生を評価するためのものではありません。
どのような人生であっても、老後の不安が過度に増幅されないよう支える存在であるべきです。
次回はいよいよ最終回として、
年金世代が制度とどう向き合えばよいのかを整理します。
不信に振り回されず、現実的に備えるための視点をまとめていきます。
参考
日本経済新聞
「多様性 私の視点〉遺族年金ばかり優遇、なぜ」
確定拠出年金アナリスト 大江加代氏(2026年1月26日朝刊)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
