「年収の壁」という言葉を耳にする機会が増えました。
パートタイムや短時間勤務で働く人が「このラインを超えると手取りが減る」と言われ、働く時間を調整する――いわゆる“働き控え”を生む原因としてもよく取り上げられます。
しかし実際のところ、この「壁」はひとつではありません。
税金に関する壁と、社会保険に関する壁が別々に存在しており、それぞれの基準も年々変化しています。
誤解が生じやすいテーマだからこそ、ここで一度、整理してみましょう。
🔹「年収の壁」はいくつある? ― 税と社会保険の違いを整理
混乱のもとになっているのは、「税の壁」と「社会保険の壁」を混同してしまうこと。
まず、税金に関する主な壁から見てみましょう。
🧾 税金に関する壁
| 名称 | 目安年収 | 内容 | 改正ポイント |
|---|---|---|---|
| 住民税の壁 | 100万円 → 110万円(2026年度〜) | 超えると住民税の支払いが発生 | 増額改正 |
| 扶養控除の壁(配偶者控除) | 103万円 → 123万円(2025年〜) | 配偶者が所得税上の控除を受けられなくなる | 新たな基準に |
| 配偶者特別控除の満額ライン | 150万円 → 160万円(2025年〜) | 控除が減り始める分岐点が引き上げられた | 増額改正 |
| 学生扶養の壁 | 103万円 → 150万円(2025年〜) | 親の扶養控除から外れる | 社会保険の基準と連動 |
税金面では、「少し働くと損をする」という印象を持ちがちですが、実際には「控除が少しずつ減っていく」仕組み。
つまり、“急に手取りが大幅減になる”わけではない点を押さえておくことが大切です。
🏥 社会保険に関する壁
一方で、社会保険の壁は「加入するかしないか」で大きく変わります。
代表的なのが「106万円の壁」と「130万円の壁」です。
| 名称 | 目安年収 | 主な対象 | 改正内容 |
|---|---|---|---|
| 106万円の壁 | 約106万円 | 従業員51人以上の会社など | 2025年改正で企業規模・賃金要件を撤廃予定(週20時間勤務+学生除く) |
| 130万円の壁 | 約130万円 | 被扶養者として働く配偶者など | 勤務先が小規模な場合はこちらが適用 |
| 150万円ライン(学生) | 約150万円 | 親の扶養下の学生アルバイト | 税制改正に合わせて社会保険も同水準に引き上げ |
🧩 「106万円の壁」が撤廃へ ― 2025年年金改正のポイント
2025年に成立した年金制度改正法では、この「106万円の壁」が見直されました。
これまでの社会保険加入要件(①〜④)は次の通りでした。
- 被保険者数が51人以上の企業に勤めている
- 週20時間以上働いている
- 月額賃金8.8万円(年収106万円)以上
- 学生ではない
このうち①と③が撤廃され、
2026年春以降は「週20時間以上+学生ではない」だけで社会保険に加入する可能性が高まります。
さらに、これまで対象外だった宿泊業・飲食業・理美容業・デザイン業なども対象に加わり、
個人事業主でも「常時5人以上の従業員を雇う」場合は社会保険の適用対象となります。
これまで社会保険が適用されなかった個人店舗やサービス業にも、制度の波が広がることになります。
💸「手取りが減る」だけじゃない ― 壁を超えるメリット
確かに、社会保険に加入すると、手取り収入はいったん減ります。
しかしその分、以下のような保障と将来メリットが得られます。
- 将来の厚生年金額が増える
- 傷病手当金・出産手当金などが支給対象になる
- 会社が保険料を半額負担してくれる(国保・国年と比較すると軽減効果大)
- 第1号被保険者(自営業・フリーランス)から転換する人にとっては特に有利
つまり、「壁の内側」で働き続けるよりも、長期的には“安心と実入り”が増える可能性があるのです。
🏢 中小企業・事業主への支援もスタート
今回の改正では、50人以下の中小企業が新たに社会保険の対象となることから、
「手取り減の谷」をなだらかにする支援策も整備されています。
たとえば、年収106万円相当(=月8.8万円)のパートを雇う企業が申請すると、
社会保険料のうち事業主負担(通常は労使折半)を国が全額補助。
労働者側は25%、事業主側は75%を負担し、その75%を国が支援する仕組みです。
この特例は3年間限定の時限措置で、厚生労働省が2026年度からの運用を予定しています。
💬「壁を超える」という選択肢
働く側から見れば、「手取りが減る」ことは確かに気になるポイントです。
ですが、長期的にみれば、「社会保険加入=ライフプランの土台を整える」ことでもあります。
- 将来の年金受給額が安定
- 出産・病気・介護などリスク時の保障が強化
- 保険加入内容を見直すタイミングにも最適
もし今、「配偶者の扶養の範囲内で働く」ことを前提にしている方も、
今回の改正を機に「壁の向こう」を見据えた働き方を考えてみるのも良いかもしれません。
FPとしても、ライフプラン全体の視点から“壁超え”を支援していく姿勢が求められています。
✅ まとめ:これからの「年収の壁」はこう変わる
| 区分 | 旧制度 | 改正後(2025〜26年) |
|---|---|---|
| 住民税の壁 | 100万円 | 110万円(2026年度〜) |
| 扶養控除の壁 | 103万円 | 123万円 |
| 学生扶養の壁 | 103万円 | 150万円 |
| 社会保険の壁 | 106万円 | 撤廃予定(週20時間勤務で対象) |
📚参考・出典
- 厚生労働省「年金制度改正法 解説資料(詳細版)」
- 令和7年度 地域別最低賃金一覧
- 日本FP協会『FPジャーナル』専門家コラム(2025年)
- 『人生100年時代を共に活きる税理士・FP』noteシリーズ
✏️あとがき
「年収の壁」という言葉は一見シンプルですが、実は税制・社会保障・働き方が交差する複雑なテーマです。
制度改正が進むいまこそ、「損か得か」ではなく、「どう生きたいか」「どう働きたいか」を軸に考えたいですね。
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

