■閉じた組織から、開かれた共創へ
かつて日本の成長を支えたのは、大企業の“内部完結型”経営でした。
研究開発も、販売も、人材育成も、すべて社内で完結する。
いわば「垂直統合の成功モデル」です。
しかし、時代は大きく変わりました。
技術革新のスピードが上がり、社会課題は複雑化。
もはや一社だけで新しい価値を生み出すことは難しくなっています。
そこで登場したのが、
企業の外にアイデアを持つ人材を送り出し、
社外の資金や人脈と結びつけて事業を育てる「出向起業」。
それは単なる人事制度ではなく、
“大企業×ベンチャー共創モデル”という新しい日本型経営の始まりです。
■共創の核にあるのは「信頼」と「越境」
出向起業を通じて見えてきたのは、
日本企業が本来持っていた“強み”の再評価です。
それは、「信頼資本」と「協働の文化」。
たとえば――
- 富士通の社員が出向先BLUABLEで、企業のネットワークを活用しながら新規事業を推進
- 東京海上日動の社員が創業したCarjanyが、業界全体を巻き込んで顧客体験を刷新
- 清水建設の出向起業DO・CHANGEが、ガーナやケニアで社会課題を解決
いずれも共通するのは、「社外に出ても信頼が通用する」という日本企業ならではの資産。
この信頼を“個人が持ち出せる”ようになったことこそ、出向起業の本質です。
■ベンチャーが得るのは「安定」、大企業が得るのは「刺激」
共創モデルが興味深いのは、双方にメリットがある点です。
ベンチャー側のメリット
- 大企業のブランド・信用・取引先ネットワークを活用できる
- 出向社員の専門性(技術・品質管理・営業ノウハウ)が即戦力になる
- VCに頼らずとも資金調達しやすい構造を持つ
大企業側のメリット
- 社員が実戦で経営感覚を磨く「人材育成の場」になる
- 社外のスピード感・リスク感覚を社内に逆輸入できる
- 社内で埋もれていた技術・ノウハウが社会実装される
つまり、ベンチャーは「安定」を得て、大企業は「刺激」を得る。
双方が補い合うことで、新しい産業生態系が形成されつつあります。
■日本型イノベーションを取り戻すチャンス
経済産業省の補助事業(最大1000万円支援)は、2020年度の開始以来、
採択件数が毎年増加しています。
2024年度は21件、累計64件。
まだ小規模ではありますが、その影響はじわじわと広がっています。
なぜなら出向起業は、単なるスタートアップ支援ではなく、
「企業の内部人材を社会に再配置する政策」でもあるからです。
これは、戦後日本の高度成長を支えた“産学官連携”の現代版とも言える流れ。
外に出る人材が増えれば、産業界全体の血流が良くなり、
“再び動的な経済構造”をつくり出すことができるのです。
■税制・制度面の整備が次のステージ
共創モデルを広げるには、税務・法務・社会保険制度の整備も不可欠です。
特に課題となるのは――
- 出向先への出資と持株比率(20%ルール)の税務リスク
- 成功時のキャピタルゲイン課税(譲渡所得・給与所得の区分)
- 失敗時の損金処理(雑損控除・事業廃止損)
- 出向元と出向先の給与・報酬の社会保険上の整合性
こうした論点は、今後の“企業内スタートアップ税制”の議論にもつながります。
税理士・FPは、いわば「共創経営の裏方」として、
挑戦と制度を橋渡しする役割を担うことになるでしょう。
■日本型経営の再定義:「共創」と「共益」へ
かつて日本企業は、「終身雇用」と「年功序列」で人を守り、
内部での安定を価値としました。
これからの日本企業は、「共創」と「共益」で人を活かす時代へ。
出向起業のように、社員が社外で挑戦し、
成功しても失敗しても、経験を持ち帰れる。
その結果、会社も社会も成長する。
それが、次世代の“日本型経営の進化形”です。
■FP・税理士の視点:企業と個人の“共益設計”を支える
税理士やFPの役割も、
もはや「決算・確定申告を処理する人」ではなく、
“企業と個人の共益設計者”へと変わりつつあります。
- 出向起業制度の税務設計
- ベンチャー出資・評価・ストックオプション支援
- 経営人材育成に伴う社会保険・年金アドバイス
- 個人のキャリア・資産形成支援
制度の複雑化こそ、専門家が活躍する最大のチャンス。
“挑戦を制度で支えるプロ”としての存在意義が問われています。
■まとめ:「企業が人を信じ、人が社会を動かす」時代へ
出向起業は、単に起業家を増やす仕組みではありません。
それは、「企業が人を信じ、人が社会を動かす」という
新しい経済の循環モデルです。
企業の資産が個人に開放され、
個人の挑戦が企業価値を高め、
社会に新しい価値が還元される。
この循環が、日本経済の再生力になります。
出典:2025年10月6日 日本経済新聞 朝刊
「『出向起業』で事業創出 富士通・NTTドコモなど制度整備進む」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
