「医療版マクロ経済スライド」という発想 ― 現役世代の手取りを守るために

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◆ インフレ経済と「手取り減少」という逆説

日本経済は、長年続いたデフレを脱し、いまインフレ経済へと転換しています。
賃金や税収は名目ベースで増えているのに、「実質賃金は上がらない」という感覚を持つ人が多いのはなぜでしょうか。

その答えの一つが、社会保険料の増加です。
賃金が伸びても、健康保険や介護保険などの負担がそれ以上に増えれば、手取りが増えるどころか減ってしまう構造にあるのです。

内閣府の長期試算によると、医療・介護の社会保険料負担はGDP比で2019年度の4.8%から2060年度には7.2%に上昇する見込み。
これは、医療などの保険料率が今後約5割引き上げられる可能性を意味します。現役世代の手取りを守るには、制度の見直しが避けられません。


◆ 年金で導入された「マクロ経済スライド」とは?

思い出されるのが、2004年に実施された年金制度改革です。
当時、厚生年金の保険料率が25%を超えるとの試算が示され、経済界と労働界が強く反発。
その結果、保険料率を18.3%に固定し、代わりに給付額を物価や賃金の伸びに応じて自動調整する仕組みが導入されました。これが「マクロ経済スライド」です。

マクロ経済スライドの目的は、「負担を固定して給付を抑制する」ことで制度を持続可能にすること。
年金財政ではこの仕組みが機能し、結果的に給付総額をGDP比でコントロールする効果を発揮しています。


◆ 医療にも「マクロ経済スライド」を?

この考え方を医療に応用しようというのが、いま注目されている「医療版マクロ経済スライド」の発想です。
政府の「こども未来戦略」(2023年12月閣議決定)には、社会保険料率の上昇を最大限抑制する方針が脚注として明記されました。
この背景には、医療費の伸びを中長期的な名目GDP成長率に連動させようという考え方があります。

医療の社会保険料率は、

医療費 ÷ 雇用者報酬(給与総額)
で決まります。

つまり、医療費の伸びを名目GDPの成長率の範囲内に抑えることができれば、保険料率は上がりすぎずに済むというわけです。


◆ 医療費をどう制御するか ― 数式で見える新ルール

医療費の伸び率は、大きく次の4要因で決まります。

要因内容
(1) 高齢化高齢者数の増加約0.9%
(2) 医療の高度化新技術・新薬導入約1.0%
(3) 診療報酬改定医師・看護師の賃金、物価対応約2.0%(インフレスライド想定)
(4) 制度改革の効果効率化、電子化、在宅医療などマイナス要因(例:▲0.5%)

仮に名目GDP成長率(Z)を3%とした場合、(1)+(2)+(3)+(4)の合計がZを上回れば、診療報酬を調整して上限に収めます。
逆にZを下回れば、過去の削減分を取り戻す形で上げることも可能です。

✅ 医療費の伸び ≤ 名目GDP成長率
というシンプルなルールが、将来の負担増を抑える新たな「目安」となり得ます。


◆ インフレ時代の医療政策 ― 「物価対応」と「効率化」の両立を

近年の名目GDP成長率は2〜3%、一方で医療費の伸びは0.8〜1%。
この状態が続けば、医療費のGDP比は縮小し、財政にはプラスですが、医療現場にはマイナスの影響が出ます。
実際、物価高に診療報酬が追いつかず、赤字病院が増加しています。

したがって、今後は

  • 物価に応じた診療報酬の自動調整(物価スライド)
  • 医療の効率化・制度改革とのセット運用
    が鍵になります。

単に「抑制」ではなく、経済成長と医療の持続性を両立させる新フレームが必要です。


◆ 人口減少でも成長は可能 ― 生産性と技術革新の力

「人口が減ればGDPも減る」という見方は、歴史的には正しくありません。
1900年から100年間で日本の人口は3倍弱になりましたが、GDPは50倍以上に拡大しました。
経済成長の源泉は、生産性の向上と技術革新です。

医療も例外ではありません。
AI診断、遠隔医療、電子カルテの標準化など、生産性向上の余地は大きい。
「医療版マクロ経済スライド」を導入するなら、効率化投資を促す政策設計も不可欠です。


◆ 結論 ― 「手取りを増やす」ための医療改革へ

医療財政はもはや「医療だけの問題」ではなく、
現役世代の手取りをどう守るかという国家的課題の核心になっています。

持続可能な医療を実現するには、

  • 名目GDPと連動した支出のコントロール、
  • 医療現場の生産性向上、
  • インフレ対応型の報酬体系、
    この3つのバランスを取る必要があります。

日本が本格的なインフレ経済に入るなか、
「医療版マクロ経済スライド」は、次の時代の財政・社会保障政策の試金石となるでしょう。


📘出典・参考
出典:2025年10月23日 日本経済新聞朝刊「医療費・改革の視点(上)マクロ経済スライド導入を」


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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