公益法人や学校法人が抱える課題のひとつに、「資産運用」があります。
寄付金や会費、施設利用料だけでは維持できない組織が、限られた人員と知見の中でどう運用を行うか――。
この問題は、今の「資産運用立国」日本の課題そのものを映しています。
■ 旧「父兄会」から始まった公益社団法人「九段」の挑戦
東京都稲城市にある公益社団法人「九段」は、旧第一東京市立中学校(現・九段中等教育学校)の父兄会を前身とする歴史ある法人です。
運営する運動施設は3万4000平方メートルを超える広大な敷地。
しかし、野球場や体育館の利用料(2時間で3300円)だけでは、到底維持費をまかなえません。
かつて「九段」は、限られた運用収益を補うために仕組み債に運用資産の半分以上を投じていました。
複雑なデリバティブを組み合わせた高利回り商品。
見かけの利回りは魅力的でも、元本割れや早期償還といったリスクが潜む金融商品です。
■ 仕組み債依存からの脱却 ― ETFへの転換
常務理事の川島治彦氏は、仕組み債依存の危うさを痛感し、2023年度に運用改革を断行。
約20億円の運用資産のうち半分以上を高配当株ETFへと転換しました。
「少しでも高い利回りを求めて“仕組み債を買う悪弊”から抜け出せた」――。
川島氏の言葉どおり、改革の結果、法人は2024年度に黒字転換を果たしました。
この動きは、単なる投資先変更ではなく、公益法人が「持続可能な運用」をどう実現するかの象徴的な事例といえます。
■ “プロ法人”に残る仕組み債 ― 構造的な人材不足
仕組み債は、2023年以降、個人投資家への販売が急速に縮小しました。
販売額は3年前の20分の1以下、800億円程度にまで減少しています。
ところが、公益法人や学校法人などの“プロ顧客”には依然として残存しています。
理由のひとつは、「運用担当者が少ない」こと。
限られた人員で決算、監査、施設運営まで担う中、複雑な投資判断まで行うのは現実的に難しいのです。
公益法人協会の2024年調査によると、回答した174法人のうち11%が仕組み債や仕組み預金に投資していました。
2017年調査と比べても、わずか2ポイントの減少にとどまっています。
■ 公的年金にも始まった「人材力改革」
運用力の強化は、公的年金の世界でも始まっています。
国家公務員共済組合連合会(KKR)は2024年から、経験に応じて業務を分担し、
2〜3年の配置転換を通じて「運用の現場」を経験できる人事制度を導入しました。
若手の資格取得も進み、30代の担当者が育ちつつあります。
海外では、ニューヨーク市職員年金基金のように100人規模の専門チームを擁し、年俸7000万円級のCIOが運用をリードする例もあります。
運用の「人材格差」は依然として大きいのが現実です。
■ FP・税理士視点で見る「運用力」の本質
公益法人のケースは、実は私たち個人にも通じる問題です。
「利回りの高さ」だけでなく、「リスクを理解できる範囲で運用する」こと。
そして、「人に頼らず、学び続ける力を持つ」こと。
資金を貯める時代から、運用で活かす時代へ。
低金利から高金利へと時代が変わった今、問われるのは「どんな商品に投資するか」ではなく、
「どんな知識で判断するか」です。
■ まとめ:仕組み債リスクは終わっていない
仕組み債の販売は縮小したとはいえ、リスクは完全には消えていません。
公益法人や財団、年金基金の運用担当者に限らず、
私たち個人投資家も、“わからない商品には手を出さない”という基本を忘れてはいけません。
資産運用の本質は、“高利回り”ではなく持続性と理解可能性。
「運用貧国」から脱却する鍵は、制度でも商品でもなく、
人材とリテラシーの成熟にあります。
📝 参考資料
出典:2025年10月18日 日本経済新聞朝刊「資本騒乱 さらば運用貧国(4) 仕組み債リスク残存」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

