「サトシの夢」はまだ生きているのか ― ビットコインから中央銀行デジタル通貨(CBDC)まで

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■ 「信頼」をコードで置き換えようとした実験

2008年、サトシ・ナカモトが提案したビットコイン。
それは「現実の信頼を、数学的な手順(プロトコル)に置き換える」という大胆な挑戦でした。
誰かを信用しなくても、お金のやり取りを安全に行える仕組み――。
この理念こそが、ビットコインの核であり、「中央を持たない金融」の原点です。

その後15年以上が経ち、私たちはスマホ決済やネットバンキングが当たり前の時代に生きています。
しかし、これらの便利な仕組みは結局、銀行や決済事業者といった「中央の信頼」に支えられています。
サトシ・ナカモトの夢は、現実社会では果たしてどこまで意味を持っているのでしょうか。


■ 「単一障害点」を排除するという発明

ビットコインの技術的な革新は、単一障害点(single point of failure)を排除したことにあります。
一つのサーバーが落ちてもシステム全体が止まらない。
そのために、世界中に無数のノード(コンピューター)を分散配置し、取引を検証させる――これが「プルーフ・オブ・ワーク」という仕組みです。

ただし、完璧な安全性の裏側には「処理の遅さ」という代償がある。
この安全性・分散性・スピードの三要素を同時に満たせない問題は、今も「ブロックチェーンのトリレンマ」と呼ばれ、技術者たちの頭を悩ませています。


■ 投機と安定のあいだ ― 二つのトレードオフ

技術だけでなく、ビジネスにもトレードオフがあります。
ビットコインやイーサリアムは「ボラティリティ(価格変動)」があるからこそ投資マネーが集まる。
一方で、日常の決済や経済活動には安定した価値が必要です。
この矛盾を埋めようと登場したのがステーブルコイン(Stablecoin)です。

しかし、安定しているがゆえに投機的な魅力は薄く、参加者が増えにくい。
「自由な分散」と「持続的なビジネスモデル」の両立は、いまだに難題のままです。


■ 中央銀行デジタル通貨(CBDC)から見える「合理性」

現在、デジタル通貨は次の4つの形態に整理できます。

分類担い手特徴
中央銀行デジタル通貨(CBDC)中央銀行価値が安定、中央集権的
トークン化預金銀行安定+ブロックチェーン技術
ステーブルコイン民間発行者通貨連動型・準分散
暗号資産(仮想通貨)分散ネットワーク変動大・非中央集権

この図から分かるように、分散が進むほど安定性は下がり、中央集権ほど信頼に依存するという構造になっています。
結局、人類は「完全な自由」と「完全な信頼」のどちらかに振り切ることは難しいのです。


■ 自由な発想と合理性の融合が鍵

分散型金融(DeFi)では、理想的にはユーザー自身が暗号鍵を管理し、投票でガバナンスを担うはずでした。
ところが現実には、暗号鍵の管理は難しく、コミュニティ投票への参加率も5%前後にとどまるといいます。
結局、人々は「信頼できる管理者」に依存してしまう――。
これは非合理ではなく、むしろ人間社会における自然な帰結です。

では、サトシの夢は終わったのか。
そうではありません。
自由なイノベーション合理的な制度設計が融合した時こそ、次の金融システムが生まれるのです。


■ 日本は「金」に偏り、「融」を忘れていないか

今、米国では大学や企業が次々と新しいブロックチェーン・プロトコルを提案しています。
論文として査読され、技術的な安全性が検証される――そこには「オープンな知の競争」があります。
一方、日本からこうした国際会議で採択される論文はほとんどありません。

金融庁や日銀は世界的にも透明性が高く、金融インフラの整備も進んでいます。
それでも「設計する力(プロトコル開発力)」が弱ければ、世界の流れに取り残される。
暗号資産取引所のビジネスに偏り、“Finance(融)”より“Money(金)”に傾いたままでは、サトシが見た夢を次世代へつなげることは難しいでしょう。


■ 終わりに ― サトシの夢を、次の形で継ぐために

サトシ・ナカモトの夢とは、「信頼をプログラムに置き換える」ことでした。
けれども、私たちが今求めているのは、「信頼を壊さないまま、より公平で効率的な仕組みを創る」ことではないでしょうか。

ブロックチェーンは、その手段の一つに過ぎません。
夢を現実に近づけるためには、技術を“神格化”するのではなく、社会の中でどう使うかを考える力――
それこそが、いま日本に最も必要とされている“開発力”なのです。


出典・参考
「奔流デジタル通貨(下) 日本は開発力のテコ入れを」
日本経済新聞(2025年10月23日朝刊)


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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