認知症の「見えないコスト」
認知症というと、多くの人は「物忘れが進み、生活が難しくなる病気」というイメージを持つかもしれません。けれども、実際には本人だけでなく、家族や社会全体に大きな影響を及ぼす病気です。
米国ワシントン大学の推計によれば、2024年における認知症の社会的コストはなんと1兆ドル(約147兆円)に達しました。これは心不全や脳卒中といった「死に直結する病気」の2倍に相当します。
その大きさは桁外れですが、内訳をみるとさらに驚きます。
- 医療費:3,600億ドル
- 患者本人の労働力損失:2,330億ドル
- 家族らの介護を金額換算したコスト:5,990億ドル
特に最後の「家族介護」の部分が全体の半分以上を占めており、「公式な数字に表れにくい負担」こそが最も大きいのです。
心血管疾患との比較
米国心臓協会の統計をみると、脳卒中の社会的コストは年666億ドル、心不全は466億ドルとされています。
認知症の1兆ドルという数字は、それらの十数倍にあたり、認知症が長期的に社会の体力を奪っていく病気であることを物語っています。
脳卒中や心筋梗塞は発症から命にかかわることも多く、治療が急を要します。一方、認知症は「すぐに死に至らない」ため、医療・介護が長期にわたり必要になり、結果的に社会的コストが積み重なっていくのです。
中国とインドの急増
日本や欧米だけでなく、アジアの大国でも認知症は急速に広がりつつあります。
- 中国:現在1,000万人超 → 2050年に3,200万人
- インド:2015年に400万人 → 2050年に1,250万人
いずれも人口増と高齢化が背景にあります。特に中国では「家族による在宅介護」が基本で、施設は料金が高く利用が限られています。高齢者が増える一方で、介護できる家族が減っており、社会課題として深刻化しています。
インドも同様に、都市化の進展と核家族化で「伝統的な家族介護」が難しくなりつつあります。先進国だけでなく、世界規模で共通の課題となっているのです。
世界アルツハイマーデーの意義
9月21日は「世界アルツハイマーデー」。世界保健機関(WHO)や国際アルツハイマー病協会は、毎年この日に啓発活動を行い、認知症に対する理解を深める取り組みをしています。
近年のテーマは、単なる患者支援にとどまらず、「家族や介助者への支援」が大きく取り上げられています。
認知症は、本人だけでなく家族や社会を巻き込む病気です。だからこそ、世界的にも「ケアをする人を支える仕組み」が不可欠とされているのです。
まとめ(第1回)
- 認知症の社会的コストは米国で年1兆ドル、心血管疾患の数倍規模。
- 最大の要因は「家族介護」による非公式なコスト。
- 中国やインドでも急増が予測され、先進国・新興国を問わず世界的課題に。
- WHOが「家族支援」をテーマに掲げるように、介助者へのサポートが国際的にも注目されている。
👉参考:日本経済新聞(2025年9月21日付 朝刊)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

