衆院選を前に、与野党が競うように減税を掲げています。とりわけ消費税をめぐる議論は、税率引下げや時限的なゼロ税率といった踏み込んだ主張が相次ぎ、日本の税制の根幹が問われる局面に入っています。
減税は家計にとって分かりやすい「救い」に見えますが、その裏側で何が失われ、どの層にどのような影響が及ぶのかは、十分に語られているとは言えません。本稿では、減税選挙が映し出す日本経済と財政の現実を整理し、これから求められる視点について考えます。
減税競争が意味するもの
消費税は1989年の導入以降、社会保障財源として位置づけられ、日本の基幹税へと育ってきました。その消費税が、選挙の争点として「削る対象」になっていること自体が、大きな転換点です。
背景には、長引く物価上昇と実質所得の伸び悩みがあります。生活が楽になる実感を持てない中で、「税や社会保険料を下げてほしい」という声が強まるのは自然な反応でもあります。減税競争は、政治の劣化というより、国民の不安の鏡と捉える必要があります。
国民負担率は本当に高いのか
日本の国民負担率は、国際比較で見ると突出して高い水準ではありません。税と社会保険料を合わせた負担は、中位程度に位置しています。
問題は総量ではなく、「誰がどれだけ負担し、誰がどれだけ給付を受けているか」という構造です。負担と給付の関係が分かりにくく、不公平感を生みやすいことが、嫌税ムードを強めています。
見えにくい不公平――純負担率の歪み
注目すべきなのが、負担と給付を差し引いた「純負担率」です。低所得層では、税や社会保険料の負担に比べて給付が十分に行き届いておらず、純負担率が相対的に高くなっています。一方で、高所得層の純負担率は国際的に見て低い水準にとどまっています。
この構造は、所得再分配機能が弱いことを意味します。結果として、「生活が苦しい層ほど制度の恩恵を感じにくい」という矛盾が生じています。
世代間の不満と分断
現役世代には、「負担は重いが、将来自分が受け取れる給付は不透明」という不満があります。高齢者向けの年金・医療・介護が手厚い一方で、子育て世代や若年層への支援が十分でないという感覚が、世代間の緊張を高めています。
減税論が支持を集める背景には、単なる税率の問題ではなく、「今の制度は自分たちのために機能していない」という実感があると考えられます。
広がる「社会的投資」への期待
近年は、従来型の福祉政策とは異なる価値観も広がっています。高齢者向け給付だけでなく、教育、就労、育児といった分野への投資を重視する考え方です。
これは単なる再分配ではなく、将来の成長を支えるための「社会的投資」と位置づけられます。若い世代への支援を通じて、経済全体の底上げを図る発想は、リベラル・保守といった従来の枠組みを超えて支持を集めつつあります。
減税だけでは解決しない
減税は即効性がありますが、持続性には乏しい側面があります。財源を示さない減税は、将来世代への先送りにすぎません。
本来必要なのは、負担と給付をセットで示すことです。集めた税が、どのような形で国民生活に還元されるのかを具体的に説明しなければ、理解は得られません。給付付き税額控除、社会保障制度の効率化、富裕層への課税のあり方など、複数の選択肢を組み合わせた議論が不可欠です。
成長戦略と生活コストの視点
所得再分配の議論と同時に、所得そのものを増やす努力も欠かせません。AIや先端分野への公的投資、労働市場改革による生産性向上は、長期的な成長につながります。
加えて、住宅、教育、医療といった生活コストを抑える政策も重要です。可処分所得を増やすには、賃金を上げるだけでなく、支出を抑える視点が必要です。
結論
減税選挙は、日本社会が抱える不安と不満を浮き彫りにしました。消費税を悪者にして税源を切り売りするだけでは、問題は解決しません。
今求められているのは、税と社会保障を一体で捉え、誰がどのように支え合う社会を目指すのかを正面から示すことです。負担と給付の見える化、成長と分配の両立、そして将来世代への責任――。減税の是非を超えた、本質的な経済政策の競争が問われています。
参考
・日本経済新聞「減税選挙が映し出す現実」2026年1月29日朝刊
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

