近年の日本の財政運営をめぐって、「積極財政」か「緊縮財政」かという二項対立的な議論が繰り返されています。
とりわけ、現在の政権が掲げる「責任ある積極財政」という言葉は、聞こえは良いものの、その中身が十分に検証されているとは言い難い状況です。
本稿では、最近の財政運営を歴史的な視点も交えながら整理し、財政破綻が「ある日突然起こるものではない」という点を改めて考えてみたいと思います。
補正予算常態化がもたらす構造的な問題
2025年度補正予算は、一般会計総額で18兆円を超える規模となりました。
本来、補正予算は突発的な危機対応を目的とするものですが、近年は恒常的な政策を前倒しで盛り込む傾向が強まっています。
複数年度にわたる予算確保によって民間投資の予見性を高めるという説明自体は理解できます。しかし、補正と当初の境界が曖昧になることは、歳出管理の規律を弱めるリスクを伴います。
「いま使わなければならない」という政治的判断が積み重なることで、結果的に平時の財政構造が膨張したまま固定化されてしまう点は、見過ごせない問題です。
インフレ下で増える税収の正体
近年の税収増をもって、「税率を上げずとも税収が増える強い経済」と説明される場面が増えています。
しかし、物価上昇局面における税収増の一部は、実質的にはインフレによる名目増に支えられたものです。
消費税は価格に比例して課税されるため、物価が上がれば自動的に税収も増えます。
一方で、賃金や預貯金が物価ほどには増えていない層にとっては、実質的な負担増となります。
このような形で国民の購買力が目減りする現象は、いわば「見えにくい負担」であり、インフレ税と呼ばれるゆえんでもあります。
国債残高と金利上昇という静かな圧力
国債発行残高は1,100兆円を超える水準に達し、今後も増加が見込まれています。
これ自体は一朝一夕に危機を招くものではありませんが、問題は金利環境の変化です。
長期金利が上昇すれば、利払い費は確実に増加します。
金利上昇と円安が同時に進行する「ダブル安」は、財政運営にとってじわじわと効いてくる圧力となります。
財政破綻は、突然起こる破局的なイベントというよりも、こうした負担が積み重なった末に選択肢が狭まっていく過程として現れるものです。
給付付き税額控除という現実的な処方箋
物価高への対応として、給付や減税が議論されることは自然な流れです。
その中で、低所得層に的を絞りつつ就労インセンティブを損なわない手法として、給付付き税額控除は有力な選択肢といえます。
一律給付や広範な減税は即効性がある反面、財源効率の面で課題を残します。
制度設計には時間と調整が必要ですが、だからこそ平時から議論を積み重ねる必要があります。
先送りを続けるほど、将来の選択肢は狭くなっていきます。
歴史が示す「問題を直視しない危うさ」
戦前の日本でも、「国債は国民が消化しているから問題ない」という説明が繰り返されました。
結果として、敗戦後には急激なインフレや預金封鎖という形で、国民が大きな負担を背負うことになります。
もちろん、現在の日本が同じ道をたどると断定することはできません。
しかし、「今は大丈夫だ」という言葉が、冷静な検証を遠ざける働きを持つ点は、時代を超えて共通しています。
根拠に基づく政策立案と、多様な意見を許容する環境がなければ、同質的な判断が繰り返される危険性は高まります。
結論
財政破綻とは、ある日突然起こる出来事ではありません。
歳出の拡大、インフレ下での負担増、国債残高の積み上がり、金利上昇――これらが同時に進行する中で、少しずつ選択肢が失われていく現象です。
「責任ある積極財政」という言葉が真に意味を持つためには、支出の妥当性を検証し、異論を排除しない姿勢が不可欠です。
異なる視点を交えながら、冷静に現実を直視することこそが、将来世代への責任と言えるのではないでしょうか。
参考
・日本経済新聞「忍び寄る財政破綻の足音」客員編集委員 大林尚
・日本経済新聞 経済・財政関連記事(2025年〜2026年)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

