消費税の還付を受けるために原則課税へ切り替えようとした結果、思わぬ形で納税義務そのものを失ってしまう。
一見すると矛盾しているようですが、実務では実際に起きているトラブルです。
全国統一研修会で紹介された税賠事故事例では、事業年度の変更という選択が、還付を受けるどころか免税事業者に戻る結果を招いていました。本稿では、事業年度変更と消費税の納税義務の関係を整理し、なぜこのような逆転現象が起きるのかを確認します。
事業年度変更という発想
簡易課税制度を選択している法人が、多額の設備投資や建物取得を行う場合、原則課税へ切り替える必要があります。
ところが、簡易課税制度選択不適用届出書の提出期限を過ぎてしまった場合、「事業年度を変更すれば、まだ間に合うのではないか」と考えることがあります。
実際、事業年度を変更すれば、課税期間を区切り直すことができるため、不適用届出の提出自体は形式上可能になります。この点だけを見ると、合理的な対応に見えるかもしれません。
事業年度変更に伴う手続き
事業年度を変更するには、単に税務署へ届出書を提出すればよいわけではありません。
通常、次のような手続きが必要になります。
- 株主総会での特別決議
- 定款の変更
- 株主総会議事録の作成
- 異動届出書の提出
手続きの煩雑さに加え、ここで見落とされがちなのが、基準期間が変わるという影響です。
基準期間が動くという意味
消費税の納税義務は、基準期間における課税売上高によって判定されます。
法人の場合、原則として「前々事業年度」が基準期間です。
事業年度を変更すると、この「前々事業年度」がずれることになります。
その結果、変更前には課税売上高が1,000万円を超えていたにもかかわらず、変更後の基準期間では1,000万円以下となり、免税事業者に該当してしまうことがあります。
研修事例に見る典型的な失敗
研修資料で紹介された事例では、3月決算法人が簡易課税を選択したままテナントビルの建て替えを行い、引渡し前に不適用届出を失念していることに気付きました。
そこで、事業年度を3月から5月に変更し、不適用届出を提出しました。
しかし、事業年度を変更したことで基準期間が動き、結果として当該課税期間が免税事業者となってしまいました。
そのため、建物取得に係る消費税の還付は受けられない結果となっています。
この事例は、「課税期間を区切れた」という一点だけに着目し、納税義務判定の前提が変わるという点を見落とした典型例と言えます。
課税期間短縮との決定的な違い
事業年度変更と課税期間短縮は、いずれも課税期間を区切る手段ですが、消費税実務上の影響は大きく異なります。
課税期間短縮の場合、基準期間は変わりません。一方、事業年度変更では、基準期間そのものが変わります。
この違いを理解せずに事業年度変更を選択すると、還付を狙ったはずの対応が、免税判定という逆効果を生むことになります。
判断を誤りやすい背景
この分野で判断を誤りやすい理由として、次の点が挙げられます。
- 事業年度変更が法人税中心の発想で検討されがちである
- 消費税の基準期間への影響が見落とされやすい
- 課税期間短縮と同じ効果があると誤認してしまう
特に、法人税と消費税を同時に考えようとすると、消費税特有のルールが後回しになりがちです。
実務上のチェックポイント
事業年度変更を検討する場合には、少なくとも次の点を事前に確認する必要があります。
- 変更後の基準期間はどこになるか
- 基準期間の課税売上高はいくらか
- 免税事業者に該当しないか
- 課税期間短縮で代替できないか
これらを検討せずに進めることは、極めてリスクが高いと言えます。
結論
事業年度変更は、消費税実務において安易に選択すべき手段ではありません。
課税期間を区切るという目的だけで判断すると、基準期間の変動という重大な影響を見落とし、結果として還付を受けられないどころか免税事業者に戻る可能性があります。
消費税では、「どの制度を使うか」以上に、「その制度が納税義務判定にどう影響するか」を確認することが重要です。
事業年度変更は最後の手段と位置付け、まずは課税期間短縮など他の選択肢を検討する姿勢が求められます。
参考
東京税理士会ほか
全国統一研修会配布資料
「税賠事故事例にみる 消費税実務(令和7年度)」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
