消費税の届出ミスというと、個人事業者特有の問題と捉えられがちですが、実際には法人でも同様、あるいはそれ以上に判断を誤りやすい場面があります。
特に、設立後しばらく実体のある事業を行っていなかった法人や、事業を再開・転換した法人では、「事業を開始した日」の認識を誤ることで、消費税の還付機会を失う事例が少なくありません。
全国統一研修会で紹介された税賠事故事例は、法人においても届出判断がいかに重要かを示しています。
法人の「事業開始」は設立日とは限らない
法人税法では、原則として設立登記日が事業開始日とされます。そのため、消費税においても同様に考えてしまいがちです。
しかし、消費税法では形式よりも実質を重視する考え方が取られており、設立登記を行っただけで実体のある事業活動を行っていない期間については、必ずしも「課税資産の譲渡等に係る事業を開始した」とは評価されません。
この点を理解していないと、課税事業者選択届出書の提出時期を誤る原因となります。
事業実態のない設立期間がある場合
研修資料で示された事例では、持株会社として法人を設立したものの、設立初年度から数年間は実際の事業活動を行っていませんでした。その後、賃貸不動産を取得し、本格的な事業活動を開始しています。
このようなケースでは、消費税法上の「事業を開始した日の属する課税期間」は、設立初年度ではなく、実際に課税取引を伴う事業を開始した事業年度とされます。
そのため、当該事業年度の末日までに課税事業者選択届出書を提出すれば、不動産取得に係る消費税の還付を受けることが可能となります。
個人と法人で異なるリスク構造
個人事業者の場合、準備行為を行った時点で「事業開始」と評価されるため、届出の提出時期を誤ると還付の機会を完全に失うリスクがあります。
一方、法人の場合には、設立前後の課税仕入れを設立後最初の課税期間に帰属させることが認められています。この点では、個人よりも柔軟な取り扱いがなされています。
しかし、この柔軟さがかえって油断を生み、「いつまでに届出を出せばよいか」という判断を先送りにしてしまう要因にもなっています。
休眠・再開時の落とし穴
法人では、形式上は存続しているものの、長期間にわたって実体のある事業活動を行っていない、いわゆる休眠状態の期間が生じることがあります。
その後、事業を再開した場合、消費税上の「事業開始期」をどこに求めるかが問題になります。
休眠期間中に課税資産の譲渡等を行っていなかった場合には、再開した事業年度が消費税法上の事業開始期と評価される余地があります。この判断を誤ると、課税事業者選択届出書の提出期限を徒過し、還付を受けられなくなる可能性があります。
設立日前後の課税仕入れの扱い
法人設立前に行った開業準備のための課税仕入れについては、一定の要件のもとで、設立後最初の課税期間の課税仕入れとして取り扱うことが認められています。
この取扱いにより、法人では、個人のように「準備行為を行った年を誤認して還付を逃す」というリスクは相対的に小さくなっています。
しかし、この制度を前提に安易な判断をすると、設立後に届出書の提出を失念するという別のリスクが生じます。
起こりやすい判断ミス
法人における典型的な判断ミスは、次のようなものです。
- 設立登記日を自動的に事業開始日と考えてしまう
- 実体のない期間を考慮せず届出を出し損ねる
- 休眠後の再開時に消費税の判定を見直さない
- 個人と同じ感覚で事業開始期を判断してしまう
いずれも、形式と実質の違いを十分に整理できていないことが原因です。
結論
法人であっても、消費税の届出判断が容易になるわけではありません。
設立、休眠、再開といった局面では、「いつから消費税法上の事業が開始したと評価されるのか」を丁寧に見極める必要があります。
消費税実務では、「法人だから大丈夫」「後から何とかなる」という考え方は通用しません。
実体のある事業活動が始まるタイミングを起点に、課税事業者選択届出書の要否を検討することが、リスク回避の基本となります。
参考
東京税理士会ほか
全国統一研修会配布資料
「税賠事故事例にみる 消費税実務(令和7年度)」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
