税賠事故事例に学ぶ 消費税実務の落とし穴 第1部・届出編②「事業を開始した日」の誤解― 個人事業の設備投資で還付を逃す瞬間 ―

税理士
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個人事業者が設備投資を行う際、消費税の還付を受けられるかどうかは、事前の届出判断に大きく左右されます。中でも見落とされがちなのが、消費税法における「事業を開始した日」の考え方です。

売上が発生した日や開業届を提出した日を基準に考えてしまうと、課税事業者選択届出書の提出時期を誤り、結果として設備投資に係る消費税の還付を受けられなくなることがあります。全国統一研修会で紹介された税賠事故事例は、この誤解が実務上いかに多いかを示しています。

所得税の「開業日」と消費税の「事業開始日」

所得税では、開業日について明確な定義がありません。そのため、実務上は開業届を提出した日や、実際に売上が発生した日をもって開業日と考えることが一般的です。

一方、消費税法では「事業を開始した日」という概念が明確に規定されています。この点を所得税と同じ感覚で捉えてしまうことが、判断ミスの出発点になります。


消費税法上の「事業を開始した日」とは何か

消費税法における「事業を開始した日」とは、課税資産の譲渡等に係る事業を開始した日を指します。そして、ここで重要なのは、この中に事業開始のために必要な準備行為を行った日も含まれるという点です。

例えば、次のような行為は、売上が発生していなくても「事業を開始した日」に含まれると考えられます。

  • 設備取得のための工事請負契約の締結
  • 設備代金や手付金の支払い
  • 事業用資産の購入に向けた具体的な準備行為

この考え方は、裁決事例においても明確に示されています。


典型事例:太陽光発電設備の取得

研修資料で紹介された事例では、個人が太陽光発電事業を開始するため、工事請負契約を締結し、契約金を支払った年と、設備の完成・売電開始の年が異なっていました。

このケースで、売電開始年を「事業を開始した年」と誤認し、その年中に課税事業者選択届出書を提出しても、消費税の還付は受けられません。
なぜなら、工事請負契約を締結し、支払いを行った時点で、消費税法上の「事業開始」が既に行われているからです。


課税事業者選択届出書の提出タイミング

免税事業者が課税事業者になるためには、課税事業者選択届出書の提出が必要です。原則として、この届出は提出した日の属する課税期間の翌課税期間から効力を持ちます。

ただし、例外として、提出した日の属する課税期間が「事業を開始した日の属する課税期間」である場合には、その課税期間から課税事業者になることが認められています。
この例外規定こそが、個人事業者の設備投資で重要な意味を持ちます。


年をまたぐと何が起きるのか

準備行為を行った年と、売上が発生する年が異なる場合、準備行為を行った年中に課税事業者選択届出書を提出していなければ、設備投資に係る消費税の還付を受けることはできません。

実務では、

  • 売上がないからまだ事業開始ではない
  • 開業届を出していないから事業開始ではない
    といった理由で届出を見送ってしまうケースが見られます。しかし、消費税法の視点では、これらの判断は通用しません。

起こりやすい判断ミス

この分野で特に多い判断ミスは、次のとおりです。

  • 事業開始日を「売上発生日」と考えてしまう
  • 所得税の開業概念をそのまま消費税に当てはめてしまう
  • 準備行為の段階では届出不要と誤解してしまう
  • 年をまたぐ設備投資で届出の提出時期を誤る

いずれも、制度の一部だけを理解してしまったことが原因です。


結論

個人事業者の設備投資において、消費税の還付可否を分ける最大のポイントは、「いつ事業を開始したと評価されるか」にあります。
売上の有無や開業届の提出状況ではなく、準備行為を含めた実質的な事業開始時期が判断基準となる点を理解しておく必要があります。

消費税は、後からの修正が極めて困難な税目です。設備投資を検討する段階で、課税事業者選択届出書の要否を確認することが、実務上のリスク回避につながります。


参考

東京税理士会ほか
全国統一研修会配布資料
「税賠事故事例にみる 消費税実務(令和7年度)」


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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