税賠事故事例に学ぶ 消費税実務の落とし穴 第1部・届出編① 簡易課税のままでは還付されない― 課税期間特例と不適用届出の分岐点 ―

税理士
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消費税の実務では、「計算を間違えた」よりも、「届出の判断を誤った」ことによるトラブルの方が深刻になりがちです。
特に、簡易課税制度を選択している事業者が多額の設備投資や不動産取得を行う場面では、届出書の提出時期を一日でも誤ると、消費税の還付を受けられなくなるケースがあります。

全国統一研修会で紹介された税賠事故事例を見ても、制度自体を知らなかったというより、「分かっていたつもり」だったことが原因で判断を誤った事例が目立ちます。本稿では、簡易課税と原則課税の切替えを巡る実務上の分岐点を整理します。

簡易課税は「常に有利」ではない

簡易課税制度は、売上に一定のみなし仕入率を掛けて仕入税額控除を計算する仕組みです。平時においては、計算が簡便で、結果として納税額が少なくなる場合も多いため、継続的に選択している事業者も少なくありません。

しかし、建物の新築や大規模改修など、多額の課税仕入れが発生する年度では事情が一変します。簡易課税を適用したままでは、実際に支払った消費税額にかかわらず、みなし仕入率で計算されるため、多額の還付を受けることはできません。
このような場合、原則課税に切り替えなければ還付は受けられないという点が、まず重要な前提となります。


不適用届出の「提出期限」という壁

簡易課税から原則課税へ切り替えるためには、「簡易課税制度選択不適用届出書」を、原則として適用を受けようとする課税期間の初日の前日までに提出する必要があります。

ところが実務では、

  • 決算作業の途中で気付いた
  • 引渡し直前になって問題に気付いた
    というケースが少なくありません。

この段階で「もう間に合わない」と判断してしまうと、還付の機会を完全に失うことになります。しかし、実はここで使える制度が存在します。


課税期間特例による「区切り直し」

課税期間特例を選択すると、課税期間を3か月または1か月ごとに短縮することができます。この制度を利用すれば、引渡し前に課税期間を区切り直し、新たに始まる課税期間について不適用届出を提出することで、その課税期間を原則課税とすることが可能になります。

研修資料で紹介された事例でも、引渡し前にこの対応を行うことで、建物取得に係る消費税の還付を受けることができたケースが示されています。
「提出を失念したら終わり」ではなく、「課税期間をどう設定し直すか」が実務上の分岐点になることが分かります。


高額特定資産による3年拘束に注意

ただし、注意すべき点もあります。取得した建物等が高額特定資産に該当する場合、その取得を行った課税期間以後、一定期間は簡易課税や免税制度が使えなくなります。

還付を受けるために原則課税へ切り替えた結果、

  • その後3年間、原則課税が強制される
    という影響が生じる可能性があります。

短期的な還付だけでなく、その後の課税関係まで見据えた判断が不可欠です。


起こりやすい判断ミス

この分野で多い判断ミスは、次のようなものです。

  • 簡易課税が有利という先入観で検討を後回しにした
  • 不適用届出の期限を過ぎた時点で対応を諦めた
  • 課税期間特例の存在を知らなかった
  • 高額特定資産による拘束を考慮していなかった

いずれも、制度を一部しか理解していないことが原因と言えます。


結論

簡易課税と原則課税の選択は、消費税実務の中でも最も結果への影響が大きい判断の一つです。
特に、設備投資や不動産取得が絡む場合には、「いつ」「どの課税期間で」「どの届出を出すか」という時間軸の管理が不可欠になります。

消費税は、後から修正がきかない制度が多い税目です。だからこそ、取引が発生してから考えるのではなく、取引前に届出の要否を検討する視点が重要になります。


参考

東京税理士会ほか
全国統一研修会配布資料
「税賠事故事例にみる 消費税実務(令和7年度)」


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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