AIが変える所得税調査の現場――追徴税額1431億円にみる国税庁の新戦略

税理士
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国税庁は2025年12月、令和6事務年度における所得税調査等の状況を公表しました。今回の発表で特に注目されるのは、AIを活用した調査対象の選定により、所得税の追徴税額が過去最高となる1431億円に達した点です。
税務調査というと「実地調査」のイメージが強いものの、実際の現場では調査の在り方が大きく変化しています。本記事では、国税庁の発表内容を整理しながら、AI活用が税務調査にどのような変化をもたらしているのか、そして納税者・事業者側が意識すべきポイントを整理します。

所得税調査件数は増加、実地調査は減少

令和6事務年度の所得税に関する調査等の件数は、実地調査と簡易な接触を合わせて73万6336件と、前事務年度から21.7%増加しました。一見すると税務調査が大幅に強化された印象を受けますが、その内訳を見ると構造の変化が明確です。
実地調査の件数は4万6896件で、前年から1.3%減少しています。一方、文書や電話による行政指導、税務署での面接などによる簡易な接触は68万9440件と、23.7%の大幅増加となりました。
税務調査全体が増えたというよりも、調査手法が「広く浅く」と「狭く深く」に分かれて最適化されている状況といえます。

非違件数は簡易な接触が大半を占める

調査等の結果、申告漏れなどの非違が認められた件数は36万8727件で、18.5%増加しました。その内訳を見ると、実地調査によるものが3万9178件であるのに対し、簡易な接触によるものが32万9549件と大半を占めています。
この数字からは、添付漏れや計算誤りなど、比較的軽微なミスについては、簡易な接触によって是正が進められている実態が読み取れます。納税者全体の申告水準を底上げするという意味では、効率的な手法といえるでしょう。

申告漏れ所得は減少、しかし追徴税額は過去最高

注目すべき点として、申告漏れ所得金額は9317億円と、前年から6.5%減少しています。特に簡易な接触による申告漏れ所得は21.3%減少しました。
それにもかかわらず、追徴税額は1431億円と過去最高を更新しています。その理由は、実地調査の質の変化にあります。
実地調査による申告漏れ所得は5815億円と5.4%増加し、追徴税額も1132億円と6.2%増加しました。高額・悪質な事案に対象を絞り込んだ結果、1件当たりの追徴税額が大きくなっているのです。

AI導入がもたらした調査選定の高度化

国税庁は令和5事務年度から、実地調査の選定に本格的にAIを導入しています。国税組織が保有する各種資料情報と、独自に構築した予測モデルを組み合わせ、高額かつ悪質な不正が想定される納税者を的確に抽出しています。
その結果、平均実地調査日数は8.8日とされ、特別調査・一般調査では10.3日と、深度ある調査が行われています。一方、着眼調査は3.6日と短期間で実施され、案件に応じたメリハリのある調査運営が進んでいます。

消費税調査にも広がるデータ活用

所得税だけでなく、個人事業者に対する消費税調査でも調査件数は大幅に増加しました。インボイス制度導入により課税事業者が増えたことを背景に、調査等の件数は18万5210件と前年の1.5倍に達しています。
ここでも簡易な接触が積極的に活用され、調査件数の増加と業務効率化の両立が図られています。追徴税額は421億円と微減しましたが、幅広い是正対応が行われた点が特徴です。

重点調査対象にみる今後の方向性

国税庁は、富裕層、海外投資を行う個人、インターネット取引を行う個人、無申告者、消費税の還付申告者、不正還付申告を行う者を重点調査対象としています。
これらはいずれも、情報の非対称性や取引の複雑性が高く、AIによるデータ分析と相性の良い分野です。今後も、データを起点とした調査はさらに高度化していくと考えられます。

結論

今回の公表内容から明らかなのは、税務調査が「件数」ではなく「精度」と「効率」を重視する段階に入ったという点です。AIの活用により、高額・悪質な事案は実地調査で深く掘り下げ、軽微なミスは簡易な接触で是正するという役割分担が明確になっています。
納税者や事業者にとっては、申告内容の整合性や資料管理の重要性が一層高まる局面といえるでしょう。形式的な対応ではなく、日頃からデータに基づいた説明ができる体制を整えておくことが、これからの税務対応の基本となります。

参考

・税のしるべ「令和6事務年度の所得税調査等の状況」(2025年12月15日)
・国税庁「所得税及び消費税調査等の実施状況に関する公表資料」


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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