ストックオプションを巡る税務をめぐって、国税当局の調査体制に疑問符が付いた。
会計検査院の調査により、ストックオプションの権利行使や株式売却による所得について、申告漏れが相当数発生している可能性が明らかになったためである。
問題の本質は、制度の難しさではなく、国税当局がすでに保有している情報を十分に活用できていなかった点にある。
ストックオプション課税の基本構造
ストックオプションは、あらかじめ定められた価格で自社株を取得できる権利であり、役員や従業員に対するインセンティブとして広く活用されている。
権利を行使して株式を取得し、これを売却した場合、その経済的利益が課税対象となる。
2000年代初頭には、この利益が「一時所得」か「給与所得」かを巡って争いが相次いだが、2005年に最高裁は給与所得に該当すると判断した。
この判断により、原則としてストックオプション行使益は累進課税の対象となる給与所得として扱われることが確立した。
信託型ストックオプションと課税認識のズレ
その後、スタートアップを中心に「信託型ストックオプション」と呼ばれる新たな仕組みが広がった。
企業側は、課税を株式売却時に繰り延べ、譲渡所得課税とする前提で設計していたケースが多かったが、国税当局はこれを否定する立場を明確にした。
2023年、国税当局はQ&A形式で見解を公表し、事実上、信託型ストックオプションの課税上の整理を示した。
この時点で制度的な論点は一定程度整理されたはずであった。
会計検査院が指摘した「実務の穴」
今回の検査院報告で問題となったのは、制度解釈ではなく実務運用である。
国税当局は、企業や証券会社から提出される法定調書により、ストックオプションの権利行使や株式売却の情報を把握している。
しかし、
- 情報が不十分として税務署に共有されていなかった事例
- 納税者への照会後、申告がないまま放置されていた事例
などが確認された。
つまり、課税に必要な「材料」は揃っていたにもかかわらず、適切なフォローが行われていなかったのである。
情報は集めるだけでは意味がない
法定調書制度は、国税が自らコストをかけて収集したものではなく、法令に基づき企業や金融機関が提出している情報である。
国税当局は強大な情報基盤を有しているが、それは「活用されて初めて力になる」。
確定申告の電子化や簡素化が進む一方で、既存データの突合や事後的な検証が後回しになっていたとすれば、本末転倒と言わざるを得ない。
結論
今回の事案は、納税者のモラルの問題というより、課税当局側の執行体制の問題を浮き彫りにした。
ストックオプションは今後もスタートアップ支援策として活用が続く制度であり、課税の公平性と予見可能性を確保することが不可欠である。
制度論争を経た後の時代において、求められているのは新たなルールではなく、既存の情報を確実に使い切る実務力である。
国税当局には、徴税権限に見合った情報活用と、地道な執行体制の再構築が求められている。
参考
- 日本経済新聞「国税当局、情報生かさず ストックオプションの調査お粗末」(2025年12月22日朝刊)
- 会計検査院「ストックオプションに係る課税状況に関する報告書」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

