2025年秋、ドイツ財務省は異例の決定を下しました。すでに予定されていた記念銀貨の発行を中止したのです。理由は単純で、銀の価格が上昇しすぎたため、硬貨の額面よりも原材料としての価値が大きくなってしまったからでした。
この出来事は、足元で進む銀価格の急騰が、単なる相場変動ではなく、金融市場全体の不安と熱狂を映す象徴的な現象であることを示しています。本稿では、なぜ今、銀が注目されているのか、そしてそれをどのように読み解くべきかを整理します。
銀価格はなぜここまで上昇したのか
銀価格は2025年に入り、1トロイオンスあたり60ドル台に達しました。上昇率は金を大きく上回り、過去を振り返っても1970年代後半のインフレ期や、2008年の金融危機後に匹敵する水準です。
注目すべき点は、株価や債券価格が大きく崩れていない段階で、銀だけが急騰している点です。これは典型的な危機時の値動きとは異なり、市場に潜む不安が、別の形で表面化している可能性を示唆します。
産業用途という実需の存在
今回の銀高騰の背景としてまず挙げられるのが、産業用途の拡大です。
銀は電気伝導性が高く、EV、半導体、データセンターなどで不可欠な素材となっています。脱炭素やデジタル化の進展に伴い、構造的な需要増が続いています。一方で、鉱山開発は短期間では進まず、需給のひっ迫が生じやすい状況にあります。
この点は、主に装飾・貯蔵用途が中心の金とは大きく異なる特徴です。
地政学と金融化が価格を押し上げる
米国が銀を重要鉱物に指定したことも、市場に影響を与えています。将来的な関税や輸出規制を警戒し、米国内で銀の備蓄が進んだ結果、ロンドンとニューヨークの価格差が拡大しました。
こうした歪みは、裁定取引や投機マネーを呼び込みやすく、価格変動をさらに増幅させます。1980年のハント兄弟による買い占めが想起されるのも、この文脈です。
FOMOと新しい投機の連鎖
国際決済銀行が指摘するように、個人投資家のFOMO心理も無視できません。
AI関連株、暗号資産、金といった上昇資産に資金が集まる中で、銀は実需を伴う投機対象として再評価されています。銀は価格が金よりも低く、参加しやすい点も心理的な追い風となっています。
こうして銀は、金の代替、あるいは新たな金のような位置づけで語られるようになりました。
背後にある通貨と金融政策への不安
強欲と同時に、恐怖も銀価格を支えています。
インフレ率が高止まりする中での利下げは、金融政策が財政に従属するのではないかという懸念を呼び起こします。政府債務の膨張、長期金利の上昇、通貨価値の希薄化といった不安が、現物資産への逃避を促しているのです。
銀や金への投資は、インフレや通貨価値下落への保険として位置づけられています。
銀は安全資産なのか
ただし、銀が安定した価値保存手段であると断言することはできません。
市場規模が小さく流動性が低いため、価格変動は極めて激しく、過去には急騰後の暴落で多くの投資家が大きな損失を被ってきました。銀がウィドウメーカーと呼ばれてきた理由は、ここにあります。
結論
銀の高騰は、単なる商品相場の話ではありません。
それは、実需の拡大、金融市場の歪み、投資家心理の変化、そして通貨や金融政策への不信が複雑に絡み合った結果です。銀が新たな金と呼ばれる背景には、価値の保存先を求める現代の不安が色濃く反映されています。
ただし、銀は万能の安全資産ではなく、期待とリスクが表裏一体であることも忘れてはなりません。ドイツの記念硬貨発行中止という出来事は、熱狂と不安が同居するこの時代を象徴する一場面として、記憶されることになるでしょう。
参考
・日本経済新聞「高騰する銀、『新たな金』か」
・Financial Times Gillian Tett コラム
・国際決済銀行(BIS)各種報告書
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

