政府・与党の税制調査会で、賃上げ促進税制の対象から大企業を除外する方向で議論が進んでいます。中小企業向けの仕組みは維持する見込みで、賃上げ税制は大きな転換点を迎えました。賃上げが労働市場の構造的な動きとして定着しつつある中、政策としての役割が変化していることが背景にあります。
今回の見直しは単なる制度変更にとどまりません。企業規模ごとの経営環境、内部留保の偏在、税制が果たすべき役割、そして政策減税のあり方を問い直す動きとも重なっています。本稿では、今回の議論の背景と政策意図を整理しつつ、今後の企業経営にどのような影響が及ぶのかを考えていきます。
1 賃上げが「政策」から「構造的な動き」へ
賃上げ税制は、賃金を引き上げた企業の法人税負担を軽減し、企業行動を後押しするための政策減税として位置づけられてきました。とくにデフレ脱却の局面では賃金の引き上げを促す政策的意義が大きく、毎年の税制改正で強化されてきました。
しかし、近年は人手不足が深刻化し、賃上げが企業にとって不可避の経営課題となっています。労働市場では「人件費を上げなければ人材を確保できない」状況が広がり、賃上げは政策による誘導ではなく、企業が持続的に成長するための自然な行動へと変化しつつあります。
大企業や中堅企業では内部留保の積み上がりも続いており、賃上げ税制による追加的なインセンティブの必要性が薄れているという指摘が増えています。税調会長が会見で「見直す時期ではないか」という意見が多かったと述べたのは、こうした構造変化を反映したものといえます。
2 対象から外れる企業はどの規模か
現行制度は、資本金規模に応じて 大企業・中堅企業・中小企業 の3区分が設けられています。
今回検討されている方向性は以下の通りです。
- 大企業向け:廃止で調整
- 中堅企業向け:廃止案が浮上
- 中小企業向け:制度を維持(むしろ手厚くすべきとの意見も)
資本金1億円以下の中小企業は対象に残り、税額控除を活用できる見通しです。中小企業では、人件費上昇が経営を圧迫しやすく、雇用維持と賃上げを両立させる負担が相対的に大きいため、制度を残す意義は依然として大きいとされています。
一方で、大企業向けと中堅企業向けの減税額は年間5460億円規模にのぼっており、政策減税としてのインパクトも大きい領域です。この部分の見直しは、財源の確保という観点からも重要な位置を占めています。
3 税制の見直しが求められる背景
今回の動きは、単独で起きているわけではありません。いくつかの政策動向が重なり合い、賃上げ税制の見直しに影響を与えています。
(1)租税特別措置の抜本見直し
高市政権は連立合意に基づき、政策減税の総点検を掲げています。
租税特別措置(租特)は数百に及び、政策効果が不明確なものもあると指摘されてきました。賃上げ税制は減税規模が大きく、見直し対象として優先順位が高い政策の一つです。
(2)旧暫定税率廃止の穴埋め議論
与野党6党は、ガソリン・軽油の旧暫定税率を廃止する場合の財源確保策として、企業向け租特の改廃を例示しました。
この議論と賃上げ税制の見直しがリンクしており、財源手当てという観点からも方向性が明確になりつつあります。
(3)労働市場の変化
人材の流動性が高まり、賃金水準の引き上げが競争力の維持に不可欠となっています。政策による賃上げ誘導よりも、市場原理による賃上げが主役となる状況が形成されています。
4 企業経営への影響
今回の見直しが実現すると、企業規模によって影響は大きく異なります。
■大企業・中堅企業
- 税額控除の恩恵が消えるため、賃上げコストの一部を内部資金で吸収する必要が生じる
- 人件費上昇が続く中で、賃金体系や採用戦略をより根本的に見直す必要が高まる
- 人材投資の効果測定や生産性向上策の強化といった、賃上げ以外の経営改善が求められる
賃上げ税制の廃止は、企業に「税制に頼らない賃上げ」を促すメッセージとも受け取れます。
■中小企業
- 税額控除は維持される見通しのため、賃上げ余力の確保に一定の寄与が期待される
- ただし、最低賃金の上昇、人件費の競争環境など、外部環境は厳しさを増している
- 税制だけで賃上げを実現するのは難しく、生産性向上や価格転嫁力の強化が不可欠
中小企業への支援継続は、地域経済や雇用の安定を重視した政策判断といえます。
5 2026年度税制改正の焦点として
賃上げ税制は、2026年度税制改正大綱で結論が示される予定です。
単なる制度縮小ではなく、「税制はどこまで企業行動を変えられるのか」という根源的な問いが突きつけられています。
政策減税は経済政策の有力ツールである一方、効果測定が難しいという課題を抱えています。今回の大企業除外は、政策減税全体の見直しの中で位置づけられており、今後、他の租特にも検討が広がる可能性があります。
結論
賃上げ促進税制から大企業と中堅企業を除外する方向性は、労働市場の構造変化と政策減税の総点検が重なった結果といえます。大企業では賃上げが不可避の経営課題となり、税制による追加的な支援は役割を終えつつあります。一方で、中小企業は厳しい経営環境の中で人材を確保する必要があり、制度を維持することには一定の合理性があります。
ただし、税制だけで賃上げを支えることには限界があります。どの企業規模であっても、生産性向上、人材投資、価格転嫁の仕組みづくりなど、賃金を持続的に上げられる体質づくりが不可欠です。2026年度税制改正は、税制と企業経営の関係を改めて見つめ直す節目となりそうです。
参考
・日本経済新聞「賃上げ税制で大企業除外案 政府・与党、中小向けは残す方向」(2025年12月6日朝刊)
・租税特別措置に関する政府資料
・中小企業庁「企業規模別の賃金動向」ほか統計資料
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

