長期金利が1.9%台へ上昇し、18年ぶりの水準を記録した。背景には景気の急回復ではなく、インフレに対する見通し(インフレ予想)の変化がある。市場では物価上昇が今後も続くとの見方が強まり、家計の意識も大きく変化している。インフレ予想の高まりは名目金利の上昇を通じて資金調達コストに影響し、その帰結として経済全体に幅広い影響を及ぼす。
本稿では、インフレ予想の高まりがなぜ金利上昇につながるのか、日本の家計や企業にどのような行動変化をもたらすのか、そして持続的な成長を実現するための鍵は何かを整理する。
1. 長期金利が急上昇したのは「市場の意識」が変わったから
2025年12月、10年国債利回りが1.9%台に乗った。
日銀が利上げに動くとの観測が背景にあるものの、より本質的なのはインフレが続くという市場の確信が強まっていることだ。
債券市場で形成されるインフレ予想の代表的指標であるBEI(ブレーク・イーブン・インフレ率)は、1.7%台へ上昇し、12年ぶりの高水準となった。昨年末の1.4%台から大きく切り上がっている。
- 円安
- 人手不足による供給制約
- コモディティ価格の上昇
- 異次元緩和の終了により金利の抑制力が弱まったこと
こうした要因が市場の物価観を変えた。
日銀が大量の国債を買い支えていた時代には、インフレ予想が高まっても金利は跳ね上がりにくかった。しかし、金融政策の正常化が進むなかでは、市場の物価見通しが金利に直結する構造が強まっている。
2. 家計の物価見通しも「インフレ定着」を示す
日銀の生活意識アンケートでは、1年後の物価上昇見通しが平均11%台と高止まりしている。
実際にCPI(生鮮除く)は22年4月から25年10月まで 3年7カ月連続で2%以上 の上昇が続く。バブル期以来の長期インフレだ。
家計がインフレを前提とし始めると、次の行動変化が起こりやすい。
- 将来価格が上がる前に購入を早める
- 住宅購入を金利上昇前に決断しようとする
- 貯蓄が目減りする懸念から投資へ資金を移す
こうした行動が経済を下支えする一方、インフレ圧力を強めやすい。
企業側も価格転嫁を正当化しやすくなり、賃金の押し上げ要因にもつながる。
3. インフレ予想が金利を押し上げる仕組み
名目金利は以下の3つの要素で構成される。
- 実質金利(お金の貸し借りに対する基礎的な対価)
- インフレ予想(将来の物価上昇分を見込んで金利に上乗せ)
- リスクプレミアム(市場の不確実性に対する補償)
このうち、インフレ予想は金利に直接作用する。
「物価が2%上がりそうだ」と市場が考えれば、金利はその分上がる。
つまり、現在の金利上昇は 成長期待ではなく、物価上昇への警戒感が理由 という点で過去の局面と大きく異なる。
4. インフレは財政には追い風、家計には向かい風
2020年に名目GDP比258%に達した日本の公的債務は、インフレの進行によって24年には236%まで低下した。
名目値が大きくなることで、債務比率が改善するためだ。
一方で家計にとっては、
- 現金預金の実質価値の目減り
- 住宅ローン金利の上昇
- 生活費の継続的な増加
など、負担が大きい局面が続く。
とくに金利上昇は、
- 住宅ローンの新規借入の負担増
- 既存ローンの返済額上昇(変動金利世帯)
- 中小企業の借入コスト増
を通じて経済活動を抑制するリスクがある。
5. 経済を安定させる鍵は「物価を上回る賃上げ」
高市政権は春闘に向け、過去2年と「遜色ない水準の賃上げ」を企業に要請した。
賃上げを続けなければ、物価高と金利高が景気を下押しする恐れがあるからだ。
賃上げを実現する条件は次のとおり。
- 企業の生産性向上(AI・DX、人材投資、効率化)
- 価格転嫁の定着
- 労働市場の流動化による賃金上昇圧力の強まり
とくに生産性向上は企業側の重要課題となる。
単なる人件費増ではなく、労働一人当たりの付加価値を引き上げなければ、賃上げは持続しない。
インフレ下の経済を停滞させず成長に変えるためには、賃上げ・投資・価格転嫁の好循環をつくれるかが決定的になる。
6. インフレ時代の投資・家計行動のポイント
今回のインフレは一過性ではなく、供給制約・人件不足・円安など複数要因が重なった構造的な動きといえる。
そのため家計は次の視点が重要になる。
- 現金比率の見直し(インフレによる実質価値低下への対応)
- 住宅購入のタイミング再考(金利上昇局面での固定・変動の選択)
- 長期インフレを前提とした資産形成
- 賃上げが生活コスト上昇に追いつかない場合の家計再編
また、企業は価格転嫁と賃上げを両立させるために、省力化投資やAI導入による生産性向上が不可欠になる。
結論
インフレ予想の高まりは、市場だけでなく家計や企業の行動を根本から変えつつある。金利上昇は投資や消費に影響を及ぼし、住宅ローン・企業借入など多方面で負担感が強まる局面に入った。
今後の日本経済の分岐点となるのは、物価上昇を上回る賃上げと生産性向上を同時に実現できるかどうかだ。インフレが定着した環境では、これまでの前提を切り替え、家計・企業・政府の行動を新しい物価観に合わせていく必要がある。
金利、物価、賃金の3つが安定的に調和すれば、インフレ局面でも持続的な成長につなげることができる。
参考
- 日本経済新聞「物価高予想、金利押し上げ」(2025年12月5日)
- 日本経済新聞「インフレ予想 高まれば名目金利上昇」(2025年12月5日)
- 日銀「生活意識に関するアンケート調査」
- 総務省 消費者物価指数(CPI)
- IMF Fiscal Monitor
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

