AI時代の税務調査は何が変わったのか 法人への追徴税過去最多から読み解く、企業と税理士の新しい実務

税理士
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2024事務年度の法人への追徴税額が3811億円と過去最多を更新し、国税庁のAI活用が本格的に成果を上げ始めました。調査対象の選定精度が向上し、外注費や原価の不自然な動きが迅速に抽出されることで、従来型の税務調査の姿は大きく変わっています。

本シリーズでは、AIが税務調査に与えた影響を4回にわたって整理してきました。
本稿ではそれらの内容を総括し、企業・中小法人・ひとり税理士の立場から、AI時代に求められる実務ポイントと今後の展望をまとめます。

1. AIが変えた「税務調査の入口」

従来の税務調査は、経験・勘・業種の慣習など、調査官の“人の目”に依存する部分が大きいものでした。しかし国税庁が導入したAIは、以下のような異常パターンを自動で抽出します。

  • 原価率・粗利率の急変
  • 外注費の異常増加
  • 売上の計上タイミングの不自然さ
  • 同業他社との大幅乖離
  • 現金取引の突出
  • 経費の増減と売上の不連動
  • 取引先の偏りや急な増減

この抽出結果をもとに調査官が重点領域を判断するため、
「調査対象になる企業」と「ならない企業」の線引きがよりクリアになりました。

AI導入後、調査件数は減少傾向なのに対し、追徴税額は増加し続けています。
これは調査対象の精度が高まり、「当たり案件」が増えていることを意味します。


2. 中小企業が直面する“新しい税務リスク”

AI時代の税務リスクは、「故意の不正」よりもむしろ、
“説明不足”や“証拠不足”による否認リスクの増加にあります。

中小企業で特に問題が起きやすいのは次のポイントです。

① 契約書・成果物の欠落

実態があっても、証跡がなければAIは異常値として扱います。

② 外注費・原価の説明不足

外注先の偏り、単価変動、成果物の不備は最も検知されやすい項目です。

③ 月次決算の精度不足

月次の乱れはそのまま“異常値”に直結し、調査選定のリスクが増えます。

④ 電子帳簿保存法への不十分な対応

電子・紙の混在、フォルダ管理の不統一、改ざん防止措置の不足はAIが嫌う要因です。

⑤ 経理担当者の説明力不足

AI時代は「説明できるかどうか」が評価そのものになります。

これらは悪意とは無関係であり、
準備不足の企業ほどAIによる抽出に引っかかりやすいという特徴があります。


3. AI時代の税務調査は「深掘り型」に変化

AI分析を踏まえることで、調査官の実務も明確に変化しています。

■ 従来の調査

  • すべての帳簿を網羅的に確認
  • 資料チェックに時間がかかる
  • 調査官の経験・勘に依存

■ AI時代の調査

  • AIが不自然な数字を抽出
  • 調査官は“重点項目”を深掘り
  • 取引の実態・証跡・説明を精査
  • 実体の乏しい外注費などは即座に指摘対象

調査官が AIの指摘を踏まえて質問するため、
企業は曖昧な説明や記録不足をそのまま残せなくなったと言えます。


4. ひとり税理士に求められる役割の変化

本シリーズの第4回で整理したように、AI時代におけるひとり税理士の役割は次のように進化しています。

① 月次決算の精度を上げる

月次の乱れはAIの異常検知の対象。
「月次の質=税務リスクの低減」です。

② 証跡整備の文化を顧問先に根付かせる

外注費・旅費交通費・契約書など証拠不足は最も危険な項目です。

③ 外注費・原価の分析を“最重要科目”と位置づける

AIが最も重視する科目=税理士が最も先回りすべき科目です。

④ 電子帳簿保存法・インボイス制度の運用を標準化

これらはAIの前提であり、単なる法令遵守にとどまりません。

⑤ 説明可能性の高い会計処理を企業と共に作る

AIが抽出した異常値に対し、即答できる体制が最重要です。

顧問税理士の仕事は「申告書を作ること」から、
“企業の税務リスクを可視化し、先回りして整えること”へと進化しました。

AIの導入は税理士の価値を下げるどころか、
“本質的なコンサルティング力”の重要性をむしろ高めています。


5. 企業側が今すぐ取り組むべき4つの対策

AIに正しく評価される企業は、実務レベルで以下を整えています。

① 経理データの一貫性(電子帳簿保存)

紙とデータを混在させない。
フォルダ管理・命名規則・保存方法を統一。

② 売上・原価・外注費の動きの説明

変動理由を事前に社内で把握し、説明できる状態にしておく。

③ 証拠書類(成果物・ログ・発注書)を体系化

AIが不自然と判断しない“証拠の厚み”を作る。

④ 月次決算の品質向上

月次の乱れはリスク。
月次の整備は“AI時代のリスクヘッジ”です。

これらを整えた企業は、AIによる抽出リスクが下がり、調査が入っても短期で終了します。


結論

AIによって税務調査は「量」から「質」へ、「網羅」から「分析」へ変わりました。
抽出される企業はより絞り込まれ、調査に入った企業はより深く分析されます。

この新しい流れで重要になるのは、
“数字の透明性”と“説明可能性”です。

企業は以下の姿勢が求められます。

  • 整理されたデータ
  • 証拠の厚み
  • 説明できる原価
  • 電子化された経理
  • 月次決算の精度

税理士は以下が求められます。

  • AI視点の分析
  • 先回りした税務リスクの可視化
  • 外注費・原価の重点管理
  • 顧問先への“教育”と仕組みづくり

AIは税務調査を厳しくするためのものではなく、
整った企業ほど有利になる仕組みです。

AI時代の税務調査において、
“整える力”を持つ税理士と“整ったデータ”を持つ企業は、
これまで以上に大きな強みを発揮することができます。


参考

・国税庁「税務行政におけるAIの活用」
・2024事務年度 法人税等の調査状況
・日本経済新聞(2025年12月報道)


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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