国税庁は税務調査にAI分析を本格導入し、調査対象の選定・不正パターンの提示・異常値検知などを強化しています。2024事務年度には追徴税額が過去最多を更新し、AIが支える調査の精度向上が明らかになりました。
しかし、AIの導入で変わったのは「抽出過程」だけではありません。
現場の調査官の動きも、従来の「書類をひたすら確認する調査」から、“ポイントを絞り込んだ分析型の調査”へと姿を変えています。
本稿では、AI時代の税務調査がどのように進むのか、調査官の視点を交えた“実務プロセスの変化”を詳しく解説します。
AIは“調査の入口”を変えた
従来の税務調査は、調査官の経験と勘に依存する部分が多く、
- 異常値
- 前年比較
- 業種平均との乖離
- 不自然な経費の計上
などを、人の目と知識で判断していました。
AI導入後は、以下のように“入口”が大きく変化しています。
AIが先に異常パターンを抽出する
AIが抽出するのは、次のような“数字の不自然さ”です。
- 原価率が月ごとに急激に変動
- 外注費の支払先が偏り、単価も不自然
- 売上の計上タイミングが不規則
- 同業他社と比べて異常に低い粗利
- 経費の増加が売上と連動していない
- 現金取引が多く、月次の整合性が弱い
これにより、調査官は「どこを見ればいいか」を最初から把握できるようになりました。
新しい税務調査は「深掘り型」
従来の調査は、膨大な資料を一枚ずつチェックする“網羅型”でしたが、現在は AIが示すリスクポイントに基づいて、特定分野を集中的に深掘りする方式に変わりつつあります。
以下は調査官がよく行う“深掘りポイント”です。
① 外注費の裏付け
AIが最も得意とする分野です。
- 契約書
- 発注書・見積書
- 納品書・成果物
- 業務日報・メール履歴
- 振込記録
- 相手先の実在性
これらの不足があると、実態の乏しい外注費と判断されやすくなります。
過去には、AIが原価の不自然な増加を指摘した結果、架空外注が発覚し 約3億6千万円の追徴税となったケースも確認されています。
② 売上の計上時期
AIは売上の月次推移を分析し、不自然な“売上の谷”や“急増”を検知します。
たとえば、
- 年末に売上が極端に増える
- 決算直前に売上が突出
- 月次の売上が均等過ぎる
こうした動きは、売上除外(計上漏れ)や恣意的な計上を疑われるポイントです。
③ 役員給与と経費の関係
調査官は AIの示す「費用計上の偏り」から、次のような論点を深掘りします。
- 役員の私的経費が経費処理されていないか
- 役員給与と役員経費のバランスが不自然でないか
- 交際費・旅費交通費が役員中心に偏っていないか
AIは“数字の性格”を感情抜きで判断するため、従来より指摘が増える傾向にあります。
④ 消費税の仕入税額控除の妥当性
インボイス制度とAI分析が組み合わさることで、消費税の調査は急速に精緻化しています。
- 実在しない取引での仕入控除
- 請求書の不備
- インボイス番号の不一致
- 外注・仕入の取引先の“履歴”が不自然
これらは AIが自動で異常値として抽出するため、調査官の着眼点も明確になります。
調査官は“対話の質”を重視するようになった
AI時代の税務調査は、数字の分析精度が上がった一方で、現場では次のような変化が生まれています。
①「説明責任」を最重要視する
調査官は AI分析を前提に質問するため、
- この数字の理由を説明できますか?
- この取引の実態を示す証拠を見せてください
- 仕訳と証跡の紐付けはありますか?
といった、説明の正確性を重視します。
② 証拠が弱い取引は厳しく評価される
悪意がなくても、
- 契約書がない
- 成果物がない
- 振込記録が曖昧
といった取引は、
「実態が不明」と判断される可能性が高くなります。
③ 経理担当者の理解度が調査結果を左右する
AIは数字を分析しますが、最終判断は人間です。
調査官が重要視するのは、
- 経理担当者が数字の意味を理解しているか
- 自社の取引の説明ができるか
- 会計処理の理由を答えられるか
という、人的対応力です。
AI時代だからこそ、人的説明力がより重要になっていると言えます。
AI時代の税務調査プロセス(標準モデル)
AI導入で、税務調査の流れは次のように整理できます。
① AIが異常パターンを抽出
↓
② 税務署内で調査官が案件を精査
↓
③ 事前通知・資料準備の依頼
↓
④ 重点項目(AIが示したポイント)を中心に調査
↓
⑤ 取引の実態・証拠の確認
↓
⑥ 説明内容の整合性確認
↓
⑦ 是正・追徴税の計算
↓
⑧ 改善指導や今後の留意点の提示
特に「④重点項目」は、AI導入後の調査で最も変化した部分です。
雑多な書類を一律に見るのではなく、AIが示す“核心部分”に調査が集中します。
結論
AIの本格導入により、税務調査は「網羅型」から「分析型」へと大きく変わりました。
調査官はAIが抽出した不自然な数字をもとに、取引の実態と説明の整合性を深掘りするため、調査の密度はむしろ高まっていると言えます。
企業に求められるのは、
- 日常的な証拠・記録の整備
- 経理担当者の理解度向上
- 数字の説明可能性
- 電子帳簿保存法対応
- 不自然な数値変動を自社で把握する体制
AI時代の税務調査は、企業の“数字の透明性”と“説明力”を真正面から評価します。
そのため、整った経理体制こそが最大の“防御策”になり、ひとり税理士としても顧問先へ強く伝えるべき重要ポイントとなります。
参考
・国税庁「税務行政におけるAI活用」資料
・国税庁 法人税・消費税 調査統計
・日本経済新聞(2025年12月報道)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
