2026年度税制改正大綱の中で、減税が並ぶ一方、数少ない「増税色」の施策として注目されているのが、いわゆる「1億円の壁」の是正です。
高所得者ほど所得税の実効負担率が下がるという構造的な問題に対し、政府・与党は最低税率の引き上げと対象範囲の拡大に踏み切ろうとしています。
しかし、この是正策は財源確保としてどこまで意味を持つのか。それとも象徴的な再分配政策にとどまるのか。本稿では、その実像を整理します。
「1億円の壁」とは何か
「1億円の壁」とは、一定水準以上の所得になると、所得税の負担率が頭打ちになり、むしろ下がっていく現象を指します。
これは、株式譲渡益や配当といった金融所得が、給与所得とは異なる低い税率で課税されていることが主な要因です。結果として、所得が増えるほど税負担が軽く見えるという逆進的な構造が生まれてきました。
この問題は以前から指摘されてきましたが、具体的な是正策は限定的にとどまっていました。
今回の是正策の内容
今回の改正案では、最低税率を現行の22.5%から30%へ引き上げるとともに、追加課税が生じる所得水準を年30億円から年6億円へと大幅に引き下げる方向が示されています。
これにより、対象者は増えるものの、あくまで高所得者層に限定された制度設計となっています。
この点から見ると、家計全体への影響は限定的であり、強い反発を招きにくい内容ともいえます。
再分配政策としての意味
この是正策の最大の意義は、税収額そのものよりも、「税制の公平性」を示すメッセージにあります。
減税が並ぶ中で、高所得者層にも一定の負担増を求める姿勢を示すことで、税制全体のバランスを取ろうとしています。
政治的にも、「減税ばかりではない」という説明材料として機能する側面があります。
財源としては十分か
一方で、財源確保という観点から見ると、この是正策の効果は限定的です。
対象者が限られているため、税収増は数百億円規模にとどまる可能性が高く、防衛費や社会保障費の増加を賄うには不十分です。
そのため、この是正策だけで財源問題が解決するわけではありません。
なぜこの規模にとどめたのか
より踏み込んだ是正、例えば金融所得課税の抜本的見直しに踏み込めば、税収効果は大きくなります。しかし、その場合、市場への影響や富裕層の資金移動といったリスクが指摘されます。
今回の是正は、そうしたリスクを避けつつ、最低限のメッセージを出すという政治的判断の結果といえます。
今後の論点
今後、財源確保の議論が本格化すれば、「1億円の壁」是正は入り口にすぎない可能性があります。
金融所得課税の在り方や、相続・贈与との関係など、より踏み込んだ議論が避けられなくなるでしょう。
結論
「1億円の壁」是正は、再分配強化を象徴する政策であり、税制の公平性を示す意味合いは大きいものの、財源確保策としては限定的です。
減税が並ぶ税制改正の中で、この是正策はバランスを取る役割を果たしていますが、根本的な財政問題の解決には至りません。
今後、この是正がどこまで広がるのかが、税制改正を読み解く重要なポイントになります。
参考
日本経済新聞「家計・企業の減税ずらり 来年度税制大綱、与党詰め」(2025年12月13日)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
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