2026年度税制改正大綱では、企業向け減税の中でも研究開発税制が大きく手直しされました。表向きは「研究開発を後押しする税制の拡充」ですが、その中身を見ると、単なる支援策ではなく、国の産業政策の方向性が色濃く反映されています。
海外委託分への減税制限と、AIや量子といった先端分野への上乗せ措置。この組み合わせは、研究開発のあり方そのものを企業に問い直すものといえます。
研究開発税制の基本構造
研究開発税制は、企業が研究開発に投じた費用の一部を法人税額から控除できる制度です。研究開発投資は成果が不確実で、短期的な収益に結びつきにくいため、税制による後押しが必要だという考え方に基づいています。
日本では長年にわたり、企業の研究開発力を維持・強化するための重要な政策ツールとして使われてきました。
海外委託分への制限が意味するもの
今回の改正で注目されるのが、海外の企業や大学に委託した研究開発費について、減税対象に上限を設ける点です。
背景には、研究開発投資が国内の人材育成や産業基盤の強化につながっていないという問題意識があります。グローバル化が進む中で、研究拠点や知的成果が国外に流出する状況を、政策として是正したいという意図が読み取れます。
企業にとっては、コストや専門性の観点から海外委託を選択してきた経緯があります。しかし今回の見直しは、「効率」よりも「国内への波及効果」を重視する方向への転換を示しています。
先端分野への上乗せ措置
一方で、AIや量子といった先端分野については、減税を上乗せする仕組みが新たに設けられます。これは、日本が国際競争で後れを取ることへの強い危機感の表れです。
先端技術分野は、民間企業だけでなく、国の成長戦略や安全保障とも密接に関係します。そのため、研究開発税制を通じて、企業の投資先を戦略的に誘導しようとしています。
この点から見ると、研究開発税制はもはや中立的な減税制度ではなく、「選別的な産業政策」としての性格を強めています。
中小企業・スタートアップへの影響
研究開発税制というと、大企業向けの制度という印象を持たれがちですが、中小企業やスタートアップにとっても無関係ではありません。
特に、AIやデータ活用などの分野では、中小企業や新興企業が担い手になるケースも増えています。上乗せ措置の対象となる分野に取り組んでいれば、相対的に有利な位置に立つ可能性があります。
一方で、制度の要件が複雑化すれば、実務対応の負担が増えるという問題もあります。税制の恩恵を受けられるかどうかが、専門家の関与の有無によって左右される状況になりかねません。
企業経営へのメッセージ
今回の改正が企業に投げかけているメッセージは明確です。
「どこで」「何のために」研究開発を行うのかが、これまで以上に問われる時代に入ったということです。
単にコストを抑えるために海外委託を選ぶのか、それとも国内に人材と知見を蓄積するのか。短期的な合理性と、中長期的な競争力のどちらを重視するのか。研究開発税制は、その選択に影響を与える存在になっています。
税制依存のリスク
注意すべき点として、研究開発投資を税制優遇前提で組み立てることのリスクがあります。政策減税は将来の改正で縮小・廃止される可能性があり、恒久的なものではありません。
税制が変わった途端に研究開発戦略が揺らぐようでは、企業としての競争力は安定しません。
結論
研究開発税制の再設計は、日本の産業政策が「量」から「質」へ、「分散」から「集中」へと移行していることを示しています。海外委託の抑制と先端分野への集中支援は、企業の研究開発のあり方そのものに影響を与えるでしょう。
企業経営者にとって重要なのは、税制の有利不利だけで研究開発を判断するのではなく、自社の強みと将来戦略に基づいた投資を行うことです。税制は追い風にはなりますが、進む方向を決める羅針盤にはなりません。
参考
日本経済新聞「家計・企業の減税ずらり 来年度税制大綱、与党詰め」(2025年12月13日)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
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