2026年度税制改正大綱では、企業向け減税の中でも「賃上げ促進税制」の扱いが注目されました。物価上昇が続く中で、賃上げは社会的要請として強まっていますが、その賃上げを後押しするはずの税制は、むしろ縮小・後退の色合いを帯びています。
大企業は2025年度末で対象外とされる一方、中堅企業は2026年度末までと1年先送りされました。なぜ賃上げ促進税制は整理されきらなかったのか。本稿では、その背景と企業経営への影響を整理します。
賃上げ促進税制のこれまで
賃上げ促進税制は、企業が一定割合以上の賃上げを行った場合に、法人税の税額控除を認める制度として導入されました。賃金上昇を税制で後押しし、経済全体の好循環を生み出すことが狙いでした。
しかし実際には、制度要件が複雑で、すべての企業が容易に使える制度ではありませんでした。特に中小企業では、業績が不安定な中で賃上げ要件を満たすこと自体が難しく、制度の恩恵を受けられる企業は限定的だったという指摘もあります。
大企業除外・中堅企業先送りの意味
今回の改正で決まった大企業の除外は、一定の合理性があります。大企業は内部留保も厚く、賃上げを税制で誘導する必要性が相対的に低いと判断されたためです。
一方で、中堅企業については2026年度末まで対象を維持するという判断が示されました。これは、中堅企業が人材確保や賃金水準の引き上げにおいて、最も難しい立場に置かれていることを反映しています。
ただし、「1年先送り」という措置は、制度の将来が不透明であることを示しています。恒久的な制度として定着させる意思は弱まりつつあると見るのが自然です。
なぜ整理しきれなかったのか
賃上げ促進税制が完全に整理されなかった背景には、政治的・経済的な要因が複雑に絡んでいます。
まず、賃上げは国民的関心が高く、税制の縮小が「賃上げ軽視」と受け取られるリスクがあります。税制改正大綱の中で減税色が強まる中、賃上げ関連の支援策を一気に打ち切る判断は取りにくかったと考えられます。
また、物価上昇が続く局面では、賃金の伸びが追いつかないことへの不満が強まります。税制を通じた間接的な支援でも、一定程度は残しておく必要があったという事情もあります。
税制で賃上げは誘導できるのか
根本的な問題として、税制で賃上げをどこまで誘導できるのかという疑問があります。
賃上げは、企業の収益力や将来見通しに大きく左右されます。税額控除というインセンティブがあっても、業績が不安定な中で人件費を恒常的に引き上げる判断は容易ではありません。
その意味で、賃上げ促進税制は「後押し」にはなっても、「決定打」にはなりにくい制度でした。今回の見直しは、その限界を政策側も認識し始めていることの表れといえます。
中小企業・経営者への実務的影響
中小企業にとっては、賃上げ促進税制の縮小は、直接的な税負担増というよりも、「将来を見据えた賃金戦略をどう描くか」という問題を突きつけています。
税制優遇があるうちに賃上げを進めるのか、それとも税制に頼らず、事業の付加価値向上を優先するのか。経営判断がより問われる局面に入っています。
賃上げを行う場合でも、固定費としての人件費増加が、将来の経営を圧迫しないかを慎重に検討する必要があります。
今後の縮小シナリオ
今回の改正内容を見る限り、賃上げ促進税制は中長期的に縮小・整理される可能性が高いと考えられます。
今後は、賃上げを直接促す税制よりも、投資促進や生産性向上を通じて賃金上昇を実現する政策へと重心が移る可能性があります。
結論
賃上げ促進税制の後退は、制度の失敗というよりも、税制で賃上げを誘導することの限界を示しています。大企業の除外、中堅企業の先送りという対応は、政治的配慮と現実的判断の折衷といえるでしょう。
企業経営者にとって重要なのは、税制に左右される賃金政策ではなく、自社の収益構造と人材戦略に基づいた持続可能な賃上げをどう実現するかです。税制は補助的な存在であり、経営判断の軸にはなり得ません。
参考
日本経済新聞「家計・企業の減税ずらり 来年度税制大綱、与党詰め」(2025年12月13日)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
次はこちら↓
<企業編③>研究開発税制の再設計 国内回帰と先端分野集中が示す国の本音 | 人生100年時代を共に活きる税理士・FP(本格稼働前)
