医療費の自己負担を一定額までに抑える高額療養費制度は、長年にわたり家計のセーフティネットとして機能してきました。とりわけ70歳以上については、外来医療費に限って月額上限を低く抑える「外来特例」が設けられており、通院中心の高齢者の負担軽減に大きな役割を果たしてきました。
しかし、2026年8月以降、この外来特例を含む高額療養費制度の見直しが段階的に実施されます。本稿では、制度改正の内容を整理したうえで、70歳以上の医療費負担がどのように変わるのか、そして実務や生活設計の観点から何に注意すべきかを考えます。
高額療養費制度の基本構造
高額療養費制度は、1か月に支払った医療費の自己負担額が一定の上限を超えた場合、その超過分が払い戻される仕組みです。
上限額は年齢や所得に応じて区分され、外来・入院を合算した「世帯単位」の上限が原則となっています。一方で、70歳以上については外来医療費のみを対象に、より低い上限を設ける外来特例が用意されてきました。
この特例は、慢性疾患などで通院回数が多い高齢者の実態を踏まえたものであり、「入院は少ないが外来費用が積み重なる」という医療利用の特徴に対応した制度といえます。
70歳以上の外来特例はどう変わるのか
今回の見直しで最も注目されるのが、この外来特例の上限引き上げです。
現在、住民税非課税の70歳以上は外来の月額上限が8,000円、住民税課税世帯で年収約370万円未満の人は18,000円とされています。
これが2026年8月から、それぞれ11,000円、22,000円へ引き上げられます。さらに2027年8月には、年収およそ200万~370万円の区分が新設され、上限額は28,000円となります。
金額だけを見ると小幅な調整にも見えますが、通院が常態化している人にとっては、毎月の負担増が確実に積み重なる点に注意が必要です。
世帯合算の上限も段階的に引き上げ
外来特例だけでなく、外来と入院を合算した世帯単位の月額上限についても見直しが行われます。
2026年8月、2027年8月の2段階で上限額が引き上げられ、最終的には現行水準から4~38%増となる見込みです。
特に年収およそ650万~770万円の区分では、2027年8月時点で引き上げ幅が最大となり、月額上限は現在の80,100円から110,400円へと大きく変わります。
高齢期であっても一定の所得がある層については、「高額療養費があるから安心」とは言い切れない水準になりつつあります。
多数回該当と「年間上限」の新設
高額療養費制度には、同一世帯で月額上限に3回達した場合、4回目以降の上限を引き下げる「多数回該当」という仕組みがあります。
今回の見直しでは、月額上限そのものが引き上げられることで、多数回該当に該当しにくくなる人が増えることが想定されています。
これへの配慮として、2026年8月から「年間上限」が新たに設けられます。これにより、長期にわたって医療費負担が続くケースについては、一定の歯止めがかかる仕組みが導入されることになります。
もっとも、月ごとのキャッシュフロー負担が軽くなるわけではない点には注意が必要です。
後期高齢者医療制度の保険料上限引き上げ
75歳以上が加入する後期高齢者医療制度についても、高所得層を中心に見直しが行われます。
保険料の年間上限額は、2026年度から現在の80万円から85万円へ引き上げられる予定です。
医療費の自己負担増と保険料負担増が同時に進むことで、所得のある高齢者層では医療関連支出が家計に与える影響が一段と大きくなることが考えられます。
制度改正が示す方向性
今回の一連の見直しから読み取れるのは、「高齢者は一律に保護する」という従来の発想から、負担能力に応じた調整へと制度が移行している点です。
高額療養費制度は存続するものの、上限水準は全体として引き上げられ、特例は縮小されていきます。これは医療費の増大と現役世代の負担を背景にした、制度持続性を重視した調整といえます。
結論
70歳以上の高額療養費制度、とりわけ外来特例の縮小は、毎月の医療費負担に着実な変化をもたらします。
制度があること自体は大きな安心材料ですが、「いくらまでで収まるのか」は今後さらに個人差が広がっていきます。
医療費、保険料、所得のバランスを中長期で捉え、年金や金融資産との関係も含めて見直す視点が、これからの高齢期には欠かせません。
参考
・日本経済新聞「高額療養費 70歳以上の『特例』縮小」(2025年12月27日朝刊)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
