政府・与党が進める防衛力強化は、日本の安全保障政策の大きな転換点として注目を集めています。財源確保の柱として掲げられてきた所得税の引き上げについて、自民党税制調査会では「異論なし」との見解が示され、議論は大きく前進しつつあります。一方で、連立を組む日本維新の会では賛否が大きく分かれ、他の野党の反応も割れています。
税制改正は国民生活に直結するテーマであり、特に所得税は多くの人が関係します。今回の議論は、防衛費をどう支えるかという安全保障の問題であると同時に、国民負担をどう調整するかという財政・税制の課題でもあります。
本稿では、報道内容を踏まえつつ、所得税引き上げ論議の背景、政治的な駆け引き、税制としての仕組み、残された課題を整理します。
1. 所得税引き上げが2026年度税制改正の「山場」となる理由
政府が策定する税制改正大綱は毎年12月にまとめられますが、2026年度改正では例年以上に注目を集めています。その理由は、2027年1月に予定されている所得税の新設税率(防衛目的)の導入可否をここで決めなければならないためです。
政府は2023年度の税制改正大綱で、防衛財源確保のための「所得税・法人税・たばこ税の三本柱」を明記済みであり、このうち法人税とたばこ税はすでに引き上げが決まっています。残された最後の柱が所得税です。
自民党税調では「予定通り導入すべき」との意見が多数で、議論は大きく後押しされました。
2. 防衛財源と「1%新税」という仕組み
所得税の新設税率案は、所得税額の1%を上乗せするという形式をとります。課税ベースを広く取りつつ、比較的小さな税率で安定財源を確保しようという設計です。
同時に、復興特別所得税の納付期間を延長し税率を1%引き下げることで、単年度の負担増は生じない調整案が示されています。この「相殺」方式は、制度としての受容性を高める狙いがあります。
しかし、復興特別所得税の延長は事実上の負担継続であるため、国民の理解には丁寧な説明が求められます。
3. なぜいま防衛税が必要とされるのか
世界的な安全保障環境の変化を背景に、日本は防衛費を国内総生産(GDP)比2%程度に引き上げる方針を掲げています。装備品の調達、ミサイル防衛、人員確保、サイバー・宇宙などの新領域への投資は長期的な財源が必要です。
そのため、単年度の補正予算や国債ではなく、恒久的な税収による裏付けが求められています。小野寺税調会長が「財源の裏付けが抑止力につながる」と述べたのは、国際的な信頼を示す意味でも税制が重要だという文脈によるものです。
4. 維新の会の賛否分裂が焦点に
報道によれば、自民党内では導入に慎重な声が弱まる一方、日本維新の会では賛否が大きく分かれています。維新は連立関係にあり参議院で多数確保に必要であるため、その判断は極めて重要です。
代表的な論点は以下のとおりです。
- 防衛費増額には理解するが「増税なき財源確保」を重視する立場
- 歳出改革を優先すべきという主張
- 国民負担の増加への慎重姿勢
- 防衛費拡大の実効性・透明性への疑問
税調会長には判断が一任されたものの、党内の意思統一には時間を要する見通しです。
5. 自民党が期待する「国民民主党」の動き
参議院での可決には維新以外の協力も必要です。国民民主党は防衛費強化には理解を示していますが、増税の是非については「自民党の考えを精査する」として慎重姿勢を崩していません。
国民民主党は家計支援や中間層政策を重視する一方、防衛政策では現実路線を取る傾向があり、最終的な投票行動は具体的な制度設計に左右される可能性があります。
6. 公明党・立憲民主党の立場
公明党は長く自民党と連立を組み、防衛費議論にも関与してきました。基本的に大枠では反対しないとみられますが、所得税増税の影響度には慎重な検証が求められます。
一方、立憲民主党は「規模ありきの防衛費増額」に一貫して批判的で、「先に防衛計画ありきで増税を進めるのはおかしい」と強い懸念を示しています。防衛費拡大と所得税引き上げへの反対姿勢は変わらない見込みです。
7. 所得税引き上げが家計に与える影響
所得税額の1%上乗せという数字だけを見ると負担感は小さいように思えますが、実際には以下のような点を考慮する必要があります。
- 所得税の増加は住民税の算定にも影響し得る
- 税制全体の負担は他の改正と合わせて判断する必要がある
- 中間層・共働き世帯などの可処分所得への影響は無視できない
- 物価上昇と実質賃金低下のなかで恒久増税が継続する意味は大きい
長期的に見れば、負担増と安全保障のバランスを国民がどう受け止めるかが鍵になります。
8. 今後の税制議論のポイント
所得税増税が2026年度税制改正大綱に盛り込まれるかどうかは、12月の最終調整にかかっています。政治的には与党内協議、維新との調整、参議院戦略が影響します。
制度面では、次のような論点が今後さらに深掘りされるでしょう。
- 防衛費の長期見通しと財源計画の整合性
- 復興特別所得税延長とのバランス
- 国民負担の公平性
- 歳出削減・行政改革との優先順位
- 増税が経済活動や家計に与える影響の精査
税制改正は単なる財源確保の議論ではなく、「何に、どれだけ、どのように使うのか」を国民が選択する政治の根幹に関わります。
結論
防衛費増額を巡る所得税引き上げ議論は、自民党税調の動きによって大きく前進しましたが、維新をはじめとした他党との協議が続くなど、政治的には流動性が残っています。
「1%新税」自体は小さな数字に見えますが、防衛政策の方向性、財政運営の在り方、国民負担の適正水準など、より広い枠組みの中で捉える必要があります。
2026年度税制改正は、税制のあり方だけでなく、日本が将来どのような安全保障・財政運営を選ぶのかを示す分岐点になります。今後の議論では、財源の妥当性と国民生活への影響の両面を丁寧に見極めることが求められます。
参考
・日本経済新聞「自民党税調、防衛で所得増税『異論なし』 維新は賛否分かれる」(2025年12月6日)
・政府税制調査会資料
・過去の税制改正大綱
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

