政府・与党は賃上げ促進税制について、大企業・中堅企業の対象範囲を段階的に縮小し、中小企業を中心とした制度へ衣替えする方針を示しました。人手不足を背景とした賃上げの定着、財源確保、租税特別措置の整理といった政策要請が重なった結果です。制度の見直しは2026年度税制改正大綱に盛り込まれる方向で調整されており、企業規模ごとに適用条件も大きく変わることになります。
この記事では、今回の改正のポイントを整理しつつ、中小企業経営や人件費戦略にどのような影響が出るのか、FPの視点を踏まえて解説します。
1. 賃上げ促進税制はなぜ縮小されるのか
賃上げ促進税制は、賃金を引き上げた企業の法人税負担を軽減する政策減税です。年間減収規模は約1.3兆円と大きく、租税特別措置の中でも最も財政影響の大きい制度のひとつでした。
しかし近年、人手不足や転職市場の活発化によって賃上げが半ば「市場原理として定着」してきたことから、政策的な上乗せ効果が薄れていると判断されています。そのため、高市政権は維新との連立合意に基づき、租特の大幅整理へ舵を切り、この制度も対象に入りました。
2. 大企業と中堅企業は段階的に“対象外”へ
今回の改正案では、企業規模に応じて扱いが分かれます。
| 企業区分 | これまでの扱い | 今後の改正案 |
|---|---|---|
| 大企業(資本金1億円超・従業員2000人超) | 賃上げ要件を満たせば税額控除 | 2025年度末で制度対象から除外 |
| 中堅企業(資本金1億円超・従業員2000人以下) | 賃上げ率「前年比3%以上」で控除 | 2026年度のみ適用、要件は4%以上に厳格化。その後除外 |
| 中小企業(資本金1億円以下) | 賃上げ率「1.5%以上」で控除(継続) | 27年度以降も基本維持。必要に応じて見直し検討 |
特に大企業については、制度開始当初から減税額が大きく、今回の抜本見直しの象徴的な部分となります。
中堅企業はワンクッション置いた上で実質縮小。賃上げ率要件も「3%→4%」に引き上げられ、制度を使い続けるハードルが高まります。
3. なぜ中小企業だけが残されるのか
中小企業は依然として賃上げ余力が乏しく、人手不足と人件費上昇が経営を圧迫しています。
そのため、
- 賃上げの持続可能性
- 地域経済・生活インフラの維持
- 中小企業の労働市場での競争力確保
といった観点から、支援がなお必要と判断されています。
また、中小企業の賃金底上げは、地域経済や消費者家計への波及効果が大きいため、政府としても政策投資の優先度が高い分野といえます。
4. 適用企業の「名称公表」も議論へ
租特をめぐっては「隠れ補助金」との批判が根強く、政府・与党は適用企業名の公表を検討しています。
公表が実現した場合には、
- 社会的評価による企業行動の変化
- 「賃上げ企業」の見える化
- 投資家・消費者からの視線の変化
などが起こる可能性があり、企業の広報・ESG戦略にも影響が及ぶ可能性があります。
中小企業にとってはマイナスではなく、「賃上げに積極的な会社」というブランドづくりにつながる側面もあります。
5. 企業は今後どう対応すべきか
今回の制度縮小は、賃上げの判断基準を「税制ありき」ではなく「事業戦略・人材戦略」へ移行させる転換点です。
経営者が検討すべきポイント
- 賃上げの財源確保(価格転嫁・生産性向上)
- 人材確保のための処遇改善(給与体系の再設計)
- 税制に依存しない人件費計画の策定
- 中小企業の場合は制度の“使い切り”とキャッシュマネジメント
賃上げは単なる人件費増ではなく、採用維持・離職防止・生産性改善への投資と位置づける必要があります。
【結論】
賃上げ促進税制は、今後中小企業を中心とした制度へと大きく形を変えていきます。大企業と中堅企業は段階的に適用対象から外れ、中小企業の賃上げ支援が重点化されます。
人手不足が続く中で、賃上げは「政策誘導」から「企業存続のための必須戦略」へと移行しています。税制の変更に左右されるのではなく、企業自身が持続的に賃金を引き上げられる仕組みをどのように構築するかが問われる時代になっています。
制度が縮小する一方で、中小企業は依然として支援が続きます。活用できる期間中に、賃上げと生産性向上を両立させる仕組みづくりを進めることが重要です。
【参考】
・日本経済新聞「賃上げ減税、中小のみに 政府・与党」(2025年12月12日)
・財務省資料、租税特別措置に関する議論・過去資料
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

