新NISAの導入から1年が経ち、制度としての枠組みは整いました。
しかし、投資の普及率はいまだ24%前後にとどまり、多くの人が制度を「知っていても使わない」状況にあります。
今後の課題は、制度をさらに整えることではなく、「人が行動できる環境」をどう設計するかにあります。
本稿では、行動経済学の知見を踏まえ、NISA教育を「心理支援」と組み合わせるための実践的アプローチを考えます。
1. 制度は“きっかけ”にすぎない
NISAやiDeCoなどの制度は、資産形成の重要なツールですが、制度だけでは行動を促す力は限定的です。
行動経済学の研究では、制度の存在よりも、行動を“始めやすくする仕組み”が行動率を決めるとされます。
つまり、制度を整えるだけでなく、行動を「面倒でない」「安心して始められる」形に設計することが欠かせません。
2. 行動経済学が示す制度設計のヒント
(1)ナッジ(Nudge)
人の行動を強制せず、自然に望ましい方向へ導く工夫のことです。
たとえば「デフォルト設定(初期設定)」を活用し、企業型DCや職場NISAで自動的に積立が開始される仕組みを採用することで、加入率は大幅に上がります。
(2)フレーミング効果
同じ情報でも「得する」と伝えるか「損する」と伝えるかで行動が変わります。
「年3%の利回りが得られます」よりも、「投資しないと3%の機会損失になります」と伝えるほうが行動率が上がるという研究もあります。
(3)コミットメント効果
他者との約束や宣言が行動の持続を高めます。
社内で「つみたて宣言」を共有したり、SNS上で「今年から積立を始めます」と発信したりすることで、継続率が上がる例も多く報告されています。
3. 教育の現場に必要な「心理支援」の視点
(1)金融教育を“知識伝達型”から“行動設計型”へ
これまでの金融教育は、制度の理解や数字の計算を中心としていました。
しかし、行動を促すには、「なぜ動けないのか」「どうすれば続けられるか」という心理面に焦点を当てる必要があります。
授業やセミナーで感情リテラシーを扱うことで、受講者は「自分の心の癖」を理解し、より現実的な行動計画を立てやすくなります。
(2)感情の可視化と共感的コミュニケーション
投資の不安を共有し合うことで、恐怖心は薄れます。
教育の場では、失敗体験を語ることや、少額投資の模擬体験を行うことが効果的です。
「感情を扱う教育」は、金融リテラシー教育における新しい潮流となりつつあります。
4. 企業・自治体における応用事例
- 企業型NISA/iDeCoの自動加入制度
欧米では“Opt-out(自動加入・希望者のみ脱退)”方式が定着し、加入率90%を超える事例もあります。 - 地方自治体の金融教育モデル
自治体が学校・地域金融機関と連携し、「若年層の行動経済教育」を展開する動きが進んでいます。
秋田県・福井県などでは、高校の家庭科授業でNISAを題材に「お金の感情」を学ぶプログラムが導入されました。 - 金融機関のファイナンシャル・ウェルビーイング支援
単なる投資勧誘ではなく、「心の安定と経済的自立」を支援する新たなアプローチとして注目されています。
5. 制度と心理の“二輪駆動”で広がる投資文化
NISAやiDeCoといった制度は、金融教育の「ハードウェア」と言えます。
一方で、感情リテラシー教育や行動支援の仕組みは「ソフトウェア」です。
この二つが揃って初めて、投資行動は持続的に根づきます。
「数字の教育」から「心理の教育」へ。
これからの資産形成社会は、人の感情に寄り添う制度設計と教育の融合によって進化していくでしょう。
結論
新NISAの成功は、制度の普及率だけで測るものではありません。
どれだけ多くの人が、自分の感情と向き合いながら、投資を“自分ごと”として始められるか。
それが本当の意味での「貯蓄から投資へ」の達成です。
行動経済学と感情リテラシーを組み合わせた教育と制度設計こそ、持続的な資産形成社会を築く鍵となります。
出典
・内閣府「行動経済学に基づく政策評価の手引き」(2024年)
・金融庁「職場つみたてNISAガイドライン」
・OECD Financial Literacy and Well-being Report(2023)
・日本経済新聞「投資は『心の壁』を乗り越えて」(2025年10月31日)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
