企業改革が進むなかで、日本の収益性や生産性の改善が明確に見え始めています。問われるのは、改革によって生まれる価値を「誰がどのように受け取るのか」という点です。米国では株価上昇の恩恵が一部の層に偏り、格差拡大の要因となりました。一方で、日本には同じ道を回避しながら、企業改革を持続的な成長へつなげられる環境が整いつつあります。その中核となるのが「従業員による自社株保有」を軸にしたオーナーシップの拡大です。
本稿では、自社株による成長共有の意義、米国の取り組み、日本企業にもたらす具体的なメリットを整理し、今後の企業経営や資産形成戦略としてどのように活用できるのかを考えていきます。
従業員が株主になることが、企業改革を加速させる
自社株を通じたオーナーシップ制度は、経営と現場の距離を縮め、従業員の貢献が企業価値の向上に直結するという当事者意識を生みます。これは単なる福利厚生ではなく、生産性向上と企業改革を促す仕組みです。
米国では1980年代の経済転換期に企業価値が大きく伸びた一方、その恩恵は所得上位層に集中しました。その結果、株高が格差拡大を生み、社会の分断を助長する形となりました。
この反省を踏まえ、広範な従業員に株式を分配し、改革の成果を共有する仕組みが再評価されています。
日本には「オーナーシップ」が根づく土壌がある
日本企業の強みは、生産現場の改善文化と離職率の低さです。カイゼンの積み重ねや現場主体の工夫は世界から高い評価を得ています。しかし、従業員の「やりがい」は必ずしも高くなく、長期雇用と安定の裏側で、企業成長を自分ごととして捉えきれないという課題もあります。
自社株保有を通じて従業員がオーナーとして成果を共有できるようになれば、こうした溝を埋める手段になります。企業成長がそのまま従業員自身の資産形成につながり、金融知識も自然に身につくという効果があります。これはまさに「資本のカイゼン」といえる発想です。
米国での取り組みと成果
KKRのピート・スタブロス氏は、従業員の株式保有を支援する非営利団体「オーナーシップ・ワークス」を設立し、企業改革の成果を従業員と分かち合う仕組みづくりを進めてきました。
- 25万人以上が制度に参加
- 従業員に分配された株式価値は累計10億ドル超
- 今後さらに100億ドル規模の分配が見込まれる
これらの取り組みは、単に企業価値を高めるだけでなく、従業員のエンゲージメントや満足度の向上、生産性の改善という形で企業側にも大きな利益をもたらしています。
日本法人の立ち上げと広がりの可能性
2024年、日本でも「オーナーシップ・ワークス・ジャパン」が発足しました。日本が初の海外拠点に選ばれた背景には以下の要因があります。
- 資産形成支援を重視する政府の政策(NISA拡充など)
- 企業と従業員の長期的な関係性が強い
- カイゼン文化に見られる現場の力
実際に、KKRが投資する武州製薬や弥生では、従業員の満足度や成長実感が高まり、現場の改善活動も進展しています。
自社株保有という小さな一歩が、企業文化を変え、イノベーションを促し、従業員の主体性を引き出すきっかけになっています。
コミュニケーションと金融教育が制度を成功させる
制度を導入するだけでは成果は生まれません。自社株の価値や企業の方向性を丁寧に共有し、従業員の金融リテラシーを高める教育が不可欠です。
- 企業価値とは何か
- 現場の改善が利益にどうつながるのか
- 自社株のリスクとリターン
- 長期的な資産形成の効果
こうした理解が深まるほど、従業員はオーナーとしての意識を持ち、企業の成長へのコミットメントが高まります。
結論
日本企業はこれまで「現場のカイゼン」で世界に変革をもたらしてきました。次に求められるのは「オーナーシップの共有」による新たな成長モデルの確立です。
企業改革が進むいまこそ、従業員が企業価値向上の恩恵を直接受け取る仕組みを整える好機です。
自社株を軸としたオーナーシップ制度は、企業の生産性を高めるだけでなく、従業員の資産形成を支え、社会全体の分断を防ぐ効果も期待できます。
日本が再び世界をリードするための鍵は、金融資本の世界における「カイゼン」をどれだけ進められるかにかかっています。
参考
・日本経済新聞「自社株で従業員と成長の共有を」(2025年12月8日朝刊)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
