近年、企業を取り巻くリスクの性質が大きく変化しています。
戦争や地政学リスク、貿易規制や経済制裁といった「経済安全保障」に関わる事象が、企業活動に直接的な影響を及ぼすようになりました。
こうした状況を背景に、日本企業の間で契約内容を見直す動きが広がっています。日本経済新聞が実施した企業法務・税務・弁護士調査によれば、主要企業の約4割が経済安全保障リスクを意識した契約見直しに着手しています。
本稿では、この調査結果を手がかりに、経済安全保障時代における契約実務の変化、とりわけ不可抗力条項の再定義について整理します。
契約見直しに動く企業が4割に
調査は国内主要企業535社を対象に実施され、309社から回答を得ています。そのうち、
・新規契約で見直しを行っている
・契約書ひな型の条項を修正した
・既存契約を再点検した
といった対応を一つでも行っている企業は全体の40.7%に上りました。
一方で、「特に対応していない」と回答した企業も44%あり、対応状況には大きなばらつきがあります。経済安全保障リスクへの認識や、取引先との力関係、業種特性などが影響していると考えられます。
不可抗力条項が再注目される理由
契約実務で特に見直しの対象となっているのが「不可抗力条項」です。
不可抗力条項とは、天災や戦争など、当事者の支配が及ばない事象が発生した場合に、契約上の責任を免除または軽減するための条項です。
従来は、地震・台風などの自然災害や、戦争・暴動といった比較的限定的な事象が想定されていました。しかし近年は、
・国家による経済制裁
・輸出入規制
・特定国との取引制限
といった事象が、実務上のリスクとして顕在化しています。
これらは必ずしも「戦争」と明示されない形で発生するため、従来型の文言ではカバーできないケースが増えています。
企業事例に見る対応の実際
調査では、具体的な企業の対応事例も紹介されています。
たとえば、日揮ホールディングスは、契約ひな型の見直し、新規契約の修正、弁護士による条項チェックを同時に進めています。社内には経済安全保障や地政学リスクを議論する専門のタスクフォースを設置し、リスク情報を定期的に経営にフィードバックする体制を整えています。
また、光ファイバー大手のフジクラは、ロシアによるウクライナ侵攻を契機に、既存契約の不可抗力条項を見直しました。「戦争」という文言をより広く解釈できるよう追記し、呼称の違いによるリスクを回避する工夫を行っています。
これらの事例からは、不可抗力条項を単なる形式的な条文ではなく、現実の国際情勢を踏まえた実務ツールとして再設計している様子がうかがえます。
経済制裁と表明保証の重要性
もう一つの重要な論点が「表明保証」です。
特に米国の経済制裁(OFAC規制)を意識し、取引先や対象製品が制裁対象に該当しないことを契約上で確認する動きが出ています。
化学メーカーのレゾナック・ホールディングスは、軍事転用の可能性がある製品や制裁対象リスクがある取引について、不可抗力条項や表明保証を契約に盛り込む検討を進めています。
一方で、中国向け取引が多い企業では、不可抗力条項や制裁対応条項の導入が、取引先から強い反発を受ける可能性も指摘されています。契約実務は、法的な正しさだけでなく、国際関係や交渉力学とも密接に関わっています。
契約はリスク分担の設計図
今回の調査から浮かび上がるのは、契約の役割そのものが変化しているという点です。
不可抗力条項は「責任逃れ」のための条文ではなく、当事者間でリスクをどう公平に分担するかを定める設計図といえます。
経済安全保障リスクは、個々の企業ではコントロールできません。そのため、
・どこまでを不可抗力とするのか
・発生時に誰がどの負担を負うのか
を事前に合意しておくことが、事業継続の観点から重要になります。
結論
経済安全保障リスクは、一過性の問題ではなく、今後も企業活動に影響を与え続けると考えられます。
契約書、とりわけ不可抗力条項や表明保証は、過去の慣行を踏襲するだけでは不十分です。
企業法務・税務の実務においては、
・国際情勢の変化を前提に条文を再設計すること
・法務部門と経営が連携してリスクを共有すること
が求められています。
契約は、リスクが顕在化してから見直すものではありません。有事を見据えた備えとして、いま改めて点検する価値があるといえるでしょう。
参考
・日本経済新聞「<企業法務税務・弁護士調査>経済安保、契約見直し4割」2025年12月22日朝刊
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

