第三者承継は、後継者を探す企業にとって重要な選択肢であるだけでなく、個人にとっても「創業の新しい形」として注目されています。ゼロから事業を立ち上げる創業とは違い、既存の設備や顧客、従業員、地域での信頼関係を引き継いだうえでスタートできるため、リスクを比較的抑えながら事業を始めることができます。
一方で、第三者承継は「買う」という行為を伴うだけではなく、事業運営・地域生活・経営判断・資金計画など、幅広い準備が必要です。特に個人が挑戦する場合、事前の知識や心構えが不足したまま承継に踏み込むと、思わぬ負担を抱える可能性があります。
本稿では、個人が第三者承継に挑戦する際に押さえておきたい準備項目を、順を追って整理します。
1 自分の価値観・強み・働き方を整理する
第三者承継は、単に事業を引き継ぐだけではなく、「地域で生きる」という選択がセットになることがあります。特に地方の事業を承継する際には、生活環境や地域コミュニティとの関わりも考える必要があります。
◆ 自分が何を大切にしたいのか
・どのような働き方を望んでいるのか
・どの規模の事業を運営したいのか
・地域との関わりをどれほど求めるのか
これらを整理しておくことで、自分に合わない事業を無理に引き継ぐリスクを減らせます。
◆ 経験やスキルの棚卸し
例えば、飲食経験がないのに飲食店を承継すると、想定以上の負担がかかることがあります。一方、異業種の経験が強みになるケースもあります。自分の経験がどのように活かせるかを考えることが出発点です。
2 承継したい事業の条件を明確にする
事業承継の案件は多岐にわたり、飲食、宿泊、製造、小売、サービスなど多様です。個人が承継する場合、事業の規模、必要投資、収益性、地域性などを明確にする必要があります。
◆ 業種・地域・規模
・飲食なのか、サービス業なのか
・都市部か地方か
・従業員を抱える規模か、1人で始められる規模か
◆ 投資必要額の目安
・引継ぎ価格(株式・資産)
・当面の運転資金
・設備更新費
・生活費の確保
事業承継は事業を「買う」だけでは終わらず、承継後の投資と運転資金も必要になるため、条件をできる限り具体的にしておくことが大切です。
3 情報収集と案件探し:支援機関の活用が出発点
個人が第三者承継の案件を探す方法は複数ありますが、確実性が高いのは公的な支援機関を利用する方法です。
◆ 主な相談先
・事業承継・引継ぎ支援センター
・商工会・商工会議所
・自治体の継業バンク
・金融機関の事業承継窓口
これらの機関では、承継案件の紹介だけでなく、事業内容の把握や承継スキームの選択相談なども受けられます。
例えば、豊岡市の「継業バンク」は地域外の担い手が活用する例が増えており、外部からの承継挑戦者にとっての入り口になっています。また、東京都のアシスト会議のように複数機関を結ぶネットワークも拡大しています。
4 財務・税務・法務の理解と専門家の関与
第三者承継は、株式譲渡、事業譲渡、会社分割など、スキームごとに税務や手続きが大きく異なります。個人が単独で判断することは難しく、専門家の助言が不可欠です。
◆ 主なチェックポイント
・売上・利益の推移
・固定費と変動費の構造
・設備投資の必要性
・負債・リースの状況
・許認可の要否
・従業員の雇用条件
承継後の経営をスムーズに進めるためにも、承継前に財務内容と事業の実態を正確に把握することが重要です。
また、買い手側の資金計画には税理士や中小企業診断士の関与が欠かせません。承継が思いがけず高額になることもあるため、早期相談が成功の鍵になります。
5 事業計画の作成:承継後の姿を描く
承継後の事業計画を作成することは、金融機関の融資審査で必要になるだけでなく、自分自身の理解を深める上でも不可欠です。
◆ 主な内容
・承継後に何を変えるか
・どのサービスを強化するか
・従業員体制をどうするか
・販路拡大は可能か
・どの程度の利益を見込むか
兵庫県や新潟県では、承継後に仕出し事業を始めたり、出張修理を強化したりと、担い手による付加価値の創出が成果を上げています。個人が承継に挑戦する場合も、現状維持ではなく「未来の姿」を描くことが重要になります。
6 資金計画の準備:承継価格+運転資金の両方が必要
第三者承継では、購入費用だけでなく、承継後の運転資金も必要になります。事業規模によっては設備の更新や店舗改修が必要になる場合もあります。
◆ 資金調達の選択肢
・日本政策金融公庫の承継支援融資
・金融機関の承継関連ローン
・自治体の制度融資
・補助金(事業再構築、事業承継・引継ぎ補助金など)
資金調達は事業計画と密接に関係するため、承継前から金融機関との対話を進めることが大切です。
7 地域での生活イメージを固める
地方の事業を承継する場合、地域の文化や生活環境に順応できるかどうかも重要です。
・通勤距離や生活コスト
・子育て環境
・地域コミュニティとの関係
・行政サービス
これらを把握し、承継後の生活を可能な限り具体的にイメージしておくことで、定着しやすくなります。
8 承継に伴う心構え:想像より「経営者」であることが求められる
第三者承継は、会社を買うという金融的な行為であると同時に、「経営者になる」ことを意味します。
・利益構造を理解する
・資金繰りを管理する
・従業員と向き合う
・地域の信用を得る
特に個人による承継では、自分の意思決定がすべて事業に反映されるため、柔軟さと責任を持った行動が求められます。
結論
個人が第三者承継に挑戦することは、地域にとっても本人にとっても大きなチャンスになります。既存の顧客基盤や設備を活用できる点は大きな魅力ですが、そのぶん幅広い準備が必要です。
価値観の整理、事業の選定、支援機関の活用、専門家の関与、事業計画の作成、資金計画、地域での生活イメージなど、事前に取り組むべき要素は多岐にわたります。
しかし、こうした準備を着実に進めることで、承継は「買う」のではなく「未来をつくる」行動に変わります。第三者承継は、企業だけではなく地域全体の新しい可能性を広げる選択肢です。適切な準備と支援機関との連携によって、個人でも十分に挑戦できる道が開かれています。
参考
・日本経済新聞(2025年12月6日)
・日本政策金融公庫「承継支援融資」
・事業承継・引継ぎ支援センター資料
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
