事業承継の契約が締結され、名義変更も済んだとしても、それはゴールではなくスタートです。本当に重要なのは、承継後の「最初の100日」をどう使うかです。
この期間に、従業員・取引先・金融機関・顧客などとの信頼関係を築けるかどうか、そして事業の実態をどこまで具体的な数字で把握できるかが、承継後の方向性を大きく左右します。
今回は、承継後100日間の動きを
- 0〜30日
- 31〜60日
- 61〜100日
の4つのフェーズに分け、具体的なアクションプランとして整理します。
フェーズ0:承継前〜クロージング直前
——「100日プラン」を描いておく
承継前の準備として、少なくとも次の三点は整理しておきます。
- 旧経営者との役割分担・関わり方
- いつまで・どの程度、現場に残ってもらうのか
- 顧客や従業員への紹介はどう行うのか
- 主要ステークホルダーのリストアップ
- キーパーソン(従業員)
- 大口顧客
- 重要取引先・仕入先・金融機関
- 承継後100日間の「優先順位リスト」
- すぐに変えること
- 当面は変えないと決めること
ここでの準備があると、承継日以降の動きがぶれにくくなります。
フェーズ1:0〜30日
——「知る」「聞く」「紹介してもらう」期間
最初の1カ月は、変えるよりも「知ること」「信頼の土台作り」が中心です。
(1)全従業員との顔合わせ・方針共有
- 挨拶会の場を設ける
- 自己紹介と、事業に対する考え方や大切にしたい価値観を伝える
- 「すぐに大きな変更はしない」ことを明言する場合も多い
(2)キーパーソンとの個別面談
- ベテラン社員、現場リーダー、経理担当など
- 現状の課題や改善したい点を「聞く」ことに徹する
(3)主要顧客・取引先へ旧経営者同席での挨拶
- 旧経営者が「この人に託す」と紹介することで信頼を補完
- 当面の取引方針を丁寧に説明
(4)数字の把握と最低限の管理項目の設定
- 日次・週次でチェックすべき数字を決める
- 資金繰り表の作成(短期の資金繰りを可視化)
このフェーズは、「現場の空気と数字の現在地をつかむ」ことに集中します。
フェーズ2:31〜60日
——小さな改善と「勝ちパターン」の発見
二つ目のフェーズでは、現場の負担にならない範囲で改善を試していきます。
(1)すぐにできる業務改善を一つ実行
例としては
- 書類や棚の整理
- 会議時間の短縮
- 在庫管理の簡素化 など
日々のストレスを減らす小さな改善は、現場との信頼関係づくりに役立ちます。
(2)収益の構造を深掘りする
- 計上済みの売上・粗利の分析
- どの商品・サービスが利益を生んでいるかを把握
- 不採算の取引がないか洗い出す
「どこで稼げていて、どこで苦労しているのか」を知ることで、今後の重点領域が見えてきます。
(3)旧経営者との役割整理
- いつまで顧客対応に残ってもらうか
- どの範囲で意見を求めるか
この段階で、徐々に新体制への移行を進めていきます。
フェーズ3:61〜100日
——中期の方針と「変えること・守ること」の線引き
3つ目のフェーズでは、「当面の方向性」を明確に示していきます。
(1)今後1〜2年の簡易な事業方針を示す
- 守るべき強み(看板商品・サービス・地域とのつながり)
- 見直したい部分(価格設定、営業時間、メニュー構成など)
- 新しく挑戦したいこと
詳細な中期経営計画まで作り込む必要はありませんが、「何を優先するか」を言葉にして共有します。
(2)金融機関・専門家への報告
- 承継後100日で分かった現状と、今後の方針を説明
- 必要に応じて運転資金や設備投資の相談
第三者承継では、金融機関との関係が事業の安定性に直結します。
(3)チームづくりの第一歩
- 現場リーダーと定例ミーティングを設定
- 人事評価・処遇の考え方を少しずつ共有
- 教育・研修の方向性を検討
フェーズ4:100日以降へのつなぎ
100日が経過するころには、
- 現場の主な課題
- 数字の傾向
- キーパーソンの顔ぶれ
- 外部支援の窓口(金融機関・専門家)
がおおむね見えてきます。
この段階で、「次の100日」で実行したいことを整理し、
- 売上拡大策
- コスト構造の見直し
- 新サービスの試験導入
など、中期的な改善策を計画していきます。
結論
第三者承継の成否は、契約条件だけでなく、承継後の100日間の動き方に大きく左右されます。
ポイントは次の3つです。
- 最初の100日は「大改革の期間」ではなく、「信頼と現状把握の期間」と捉える
- 小さな改善と対話を積み重ね、現場との距離を縮める
- 数字と人の両面から事業を理解し、次の一歩につなげる
承継は一度きりのイベントではなく、数年かけて進むプロセスです。100日という一つの区切りを意識することで、焦り過ぎず、しかし立ち止まり過ぎない進め方がしやすくなります。
参考
・中小企業庁「M&A・事業承継の手引き」
・日本政策金融公庫「事業承継後の経営に関する調査」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

