政府・与党が、都市と地方の税収格差を是正する仕組みの拡大を検討していることに対し、東京都の小池百合子知事が強く批判しています。
特に、固定資産税の偏在を減らすための新たな制度案に対して「地方自治の根幹を否定するものだ」と発言し、国との間で緊張が高まっている状況です。
この議論は、単に「東京から地方へお金を回すかどうか」という話にとどまりません。
地方税の役割、地方交付税制度の限界、首都圏への人口・経済集中、地方の財政難といった、日本全体の構造的な課題とも深く結びついています。
この記事では、東京都の主張と国の問題意識を整理しながら、固定資産税の再配分がなぜこれほど大きな論点になるのかを考えていきます。
1 東京都が強く反発している背景
(1)固定資産税は「行政サービスの対価」という位置づけ
小池知事は、固定資産税について「土地や建物の資産価値に応じて、行政サービスの対価として都民に負担いただいている」と説明しています。
固定資産税は、道路や上下水道、消防・救急、都市インフラ、防災対策など、地域に根ざした行政サービスの財源として位置づけられてきました。
その税収を国が一度吸い上げ、地方間で再配分する仕組みを拡大するとなると、
「どの地域のための税か」「だれが使い道を決めるのか」という根本部分が変わってしまいます。
この点が、東京都にとって「地方自治の根幹」に関わる問題として受け止められていると考えられます。
(2)「本当に偏在があるのか」という問題提起
小池知事は、そもそも税収の偏在がどの程度問題なのかについても疑問を呈しています。
国税・地方税ともに名目税収は増加傾向にあり、首都圏だけが突出して増えているというより、全国的に税収が回復している側面もあります。
東京都としては、
- すでに法人事業税などで偏在是正措置が行われていること
- 景気変動や企業活動の状況によって税収は動くこと
などを踏まえ、「あらためて固定資産税まで再配分の対象にするほどの偏在なのか」という疑問を示しているといえます。
(3)交付税制度の機能不全を前提にしないかという懸念
知事は「地方交付税制度が破綻にひんしていると言うにほかならない」とも述べています。
本来、自治体間の税収格差を調整する中心的な仕組みは地方交付税です。その制度が十分に機能していないことを前提に、
「個別税目の再配分を次々と広げていくやり方」に対して、東京都は強い危機感を持っていると考えられます。
2 国が税収格差是正を進めようとする理由
一方で、政府・与党側が「税収格差是正の強化」を掲げる背景には、構造的な要因があります。
(1)人口減少と地域間格差の拡大
地方では人口減少と高齢化が同時に進み、住民税・固定資産税などの税収基盤が弱くなっています。
一方で、道路・橋・上下水道などのインフラ維持費用は簡単には減りません。
結果として、地方財政は「税収は減るが支出はなかなか減らない」という構造に直面しています。
(2)東京圏への集中が続くことへの警戒感
東京圏への人口・企業集積は長期的に続いており、税収も相対的に集中しやすくなっています。
国全体の視点から見ると、
- 一部の都市に財源と人材が集中
- 地方は公共サービス維持さえ難しくなる
という二極化が進むおそれがあります。
政府・与党が「税収格差是正の仕組み強化」を打ち出しているのは、
この二極化を緩和し、地方の行政サービスを最低限維持するための財源を確保したいという意図があると考えられます。
3 固定資産税の再配分がなぜ大きな論点になるのか
今回、議論の焦点のひとつになっているのが「固定資産税の偏在是正」です。ここには、地方税体系の根幹に関わる論点があります。
(1)応益課税としての性格との衝突
固定資産税は、土地・建物という「そこに存在する資産」に課される税であり、
その地域のインフラや公共サービスの維持とセットで考えられてきました。
この性格を重視すると、「その地域で徴収した固定資産税を他地域へ振り向けること」は、制度理念との整合性が問題になります。
東京都が「行政サービスの対価」と強調するのは、この応益的な性格を重視しているからです。
(2)高地価地域に対する“追加負担”になりかねない点
地価が高い地域ほど固定資産税の税収は大きくなります。
もし国が再配分制度を拡大すれば、
- 地価の高い都市部は、もともと高い税負担を住民がしている
- そのうえで、税収の一部が他地域へ移される
という二重の負担感が生じる可能性があります。
特に、防災インフラの更新や老朽化対策など、都市特有の支出ニーズも大きくなっているなかで、
都市側の財源余力を削る制度が続けば、都市インフラの質の低下にもつながりかねません。
(3)地方税の「国税化」への懸念
実務的には、固定資産税の一部を国が再配分する仕組みが広がると、
地方税でありながら、実質的には国が配分を決める「準国税」のような性格が強まります。
地方自治体から見ると、
- 何に使うかを自ら判断できる「固有の財源」が減る
- 国の政策意図に沿った事業を優先せざるを得なくなる
というリスクもあります。
この点が「地方自治の根幹」に触れると受け止められている部分です。
4 地方交付税制度と今後の論点
地方間の税収格差を調整する基本ツールは、あくまで地方交付税です。
しかし、近年は以下のような制約が指摘されています。
- 国の財政事情が厳しく、交付税総額の拡大に限界があること
- 特別会計や臨時の措置に頼る部分が多く、制度が分かりにくくなっていること
- 人口減少・インフラ老朽化など、地方の財政需要が構造的に増えていること
こうした中で、政府・与党は「税源そのものの再配分」という手段に踏み込もうとしています。
一方で、東京都側は「本来は交付税制度の見直しで対応すべきであり、個別税目の再配分を安易に広げるべきではない」と主張している構図です。
今後の議論では、
- 交付税の機能をどこまで回復・強化できるのか
- それでも埋めきれない格差をどう扱うのか
- 地方税の自主性と国の関与の線引きをどうするのか
といった点が重要な論点になっていくと思われます。
結論
税収格差是正をめぐる今回の議論は、
「東京 vs 地方」という単純な対立ではなく、
「日本全体の税体系と地方自治のあり方をどう再設計するのか」という大きなテーマにつながっています。
都市には、経済成長とイノベーションを牽引する役割があります。
地方には、国土の保全や多様な暮らしの場を支える役割があります。
どちらか一方だけを優先すると、もう一方の機能が損なわれ、日本全体の活力が低下してしまいます。
固定資産税の再配分は、
- 応益課税としての性格
- 地方税としての自主財源性
- 地方自治の範囲
という重要な原則と密接に関わるため、慎重な検討が必要です。
同時に、人口減少と財政難に直面する地方の現実も直視しなければなりません。
今後求められるのは、
- 交付税制度の再構築
- 都市・地方双方の実情を踏まえた税源配分
- 一時的な「穴埋め」ではなく、中長期的な視点からの制度設計
といった、腰を据えた議論です。
東京都と国のやり取りは、その一端にすぎません。
この議論をきっかけに、日本全体の税・財政・地方自治のあり方を、改めて問い直す必要があると感じます。
参考
・日本経済新聞「税収格差是正で都知事が批判 『地方自治の根幹否定』」(2025年12月6日)
・総務省「地方財政白書」
・地方税法および地方交付税制度に関する公表資料
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

