2026年度税制改正の大きな柱のひとつが「自動車関連税制の抜本見直し」です。日本の自動車税制は「購入」「保有」「走行」という三つの段階で税が課され、制度が複雑でわかりづらいという指摘が長年続いてきました。
加えて、電気自動車(EV)への移行、インフラ老朽化、道路維持費の増加、脱炭素政策など、多くの環境変化が同時に起きています。こうした状況のもとで、自動車税制はもはや部分修正では対応しきれず、「制度の再設計」が求められる局面に入っています。
本稿では、自動車税制が抱える課題、検討されている制度案、EV普及との関係、地方財政との接点、そして道路インフラの持続可能性といった論点を整理し、今後の方向性を考察します。
1 自動車税制に再設計が求められる理由
まず、自動車税制の抜本的見直しが求められる背景を確認します。
(1)EV普及により税収構造が変化
EVは排ガスを出さないため「環境性能割」で非課税となり、自動車重量税でも実質的に負担が低くなりやすい構造があります。ガソリン税への依存度も低くなり、道路整備財源は減少傾向に向かいます。
(2)道路インフラの老朽化
高度成長期に整備された橋梁・トンネルなどの老朽化が進んでいます。維持管理費用は今後確実に増加し、安定した財源確保が必須です。
(3)環境政策と産業政策の両立
脱炭素社会の実現に向けてEVへのシフトが進む一方、国内自動車産業の競争力維持も求められています。税制はこのバランスをとる重要な政策手段となります。
(4)制度の複雑さ
自動車税制は段階ごとに多数の税目が存在し、利用者にとって分かりにくい構造となっています。簡素化は長年の課題です。
こうした背景が重なり、2026年度は大きな制度改正が検討されています。
2 購入時の税:環境性能割の2年間停止案
購入時にかかる「環境性能割」は、燃費性能などに応じて0〜3%の税率が課される地方税です。EVは非課税となっています。
今回検討されているのは、この環境性能割を 2年間停止する案 です。
(1)自動車産業の支援
自動車業界は国際競争の激化や米国関税の影響を受けています。日本国内の需要を喚起し、生産活動を下支えするための措置として、購入時の負担軽減は効果が期待されます。
(2)地方財政への影響
環境性能割は地方税であり、停止すると自治体の財源が減少します。このため国による補填措置が不可欠となります。
(3)EV促進との関係
環境性能割は本来、燃費の良い車やEVを優遇する制度ですが、停止すれば相対的にガソリン車もメリットを得ることになります。この点は環境政策との整合性が問われます。
3 保有時の税:重量税の再設計
車を保有している限り支払い続ける税が自動車重量税です。車の重量に応じて税額が決まる仕組みで、道路への負担を考慮した設計です。
(1)EVの重量問題
EVはバッテリーが重く、ガソリン車より車体重量が大きくなる傾向があります。道路への負荷は重量に比例するため、ガソリン車より道路に影響を与える面も指摘され始めています。
(2)新たな公平性の視点
排ガスを出さない点では優れていますが、重量による道路の損耗は別の問題です。このため経済産業省は、ガソリン車とEVを同一の枠組みで評価し、重量と環境性能の両方を考慮した新体系を提案しています。
(3)インフラ維持費の確保
道路補修や橋梁修繕の費用は増加の一途であり、安定した税収確保が欠かせません。重量税はその財源として重要性が増しています。
4 走行時の税:ガソリン税と旧暫定税率の廃止
走行に伴って支払う代表的な税がガソリン税です。政府は旧暫定税率の廃止を決定し、ガソリン価格は一定程度引き下げられる方向です。
しかし、この変更は複雑な影響をもたらします。
(1)ガソリン価格の低下による消費増
ガソリン価格が下がれば、走行量が増える可能性があります。これは脱炭素政策の方向性と矛盾する側面があります。
(2)税収減によるインフラ財源不足
ガソリン税は道路財源の中心であり、暫定税率廃止により税収が減少すると、道路維持費が不足する懸念があります。
(3)EV普及に伴う税収構造の変化
ガソリン車が減るほどガソリン税収は減ります。走行距離に応じた課税(走行税)を採用する国もあり、日本でも将来的な選択肢として議論されています。
5 自動車税制の再設計の方向性
自動車税制は複数の政策目的が絡み合うため、次のような観点から再設計する必要があります。
(1)公平性
・EVとガソリン車の負担をどのように均衡させるか
・道路利用に応じた負担をどう設計するか
(2)環境政策
・脱炭素の実現に向けて、どのような税制が誘導的効果を持つか
・EV優遇と道路負担の調整をどう行うか
(3)地方財源
・環境性能割の停止による地方税収の減少をどう補填するか
・自動車税が地方財政に果たす役割をどう位置づけるか
(4)インフラ維持費の持続可能性
・重量税・ガソリン税が減る中、どのように財源確保するか
・走行課税の検討を進めるのか
(5)制度簡素化
複雑な税体系を整理し、納税者にとって分かりやすい制度が求められます。
6 EV時代にふさわしい税体系とは
EVの普及が本格化するにつれ、日本の自動車税制は従来の延長では対応できなくなっています。今後の方向性としては、
- 重量による道路負担
- 排ガスによる環境負荷
- インフラ維持費の公平な分担
- 地方財源の確保
を同時に満たす仕組みが必要です。
海外では、走行距離に応じて課税する「走行税(Mileage Tax)」を導入する国もあり、EV普及が進むほど検討の重要性が増しています。日本でも将来的には検討される可能性があります。
結論
自動車関連税制は、環境政策、産業政策、地方財政、インフラ維持という複数の政策目的が交差する分野です。2026年度改正は、EV普及や老朽化インフラへの対応など、制度の根本にかかわる課題を解決するための重要な節目となります。
環境性能割の停止、重量税の見直し、ガソリン税の構造改革など、検討すべき論点は多岐にわたりますが、最終的に求められるのは「公平で持続可能な負担の仕組み」です。
次回(第5回)は「税制の公平性とは何か:控除・給付・目的税の再整理」を取り上げます。
参考
日本経済新聞「税制改正、積年の3懸案」2025年12月5日ほか関連資料をもとに再構成。
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
