消費税の簡易課税に広がる「抜け道」問題 制度の趣旨と租税回避の境界線を考える

税理士
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中小企業の事務負担を軽くする目的で導入された消費税の簡易課税制度が、近年予想外の使われ方をしています。会計検査院の調査によると、本来の対象ではない大企業規模の法人が、合併や分割を繰り返すことで制度を利用し、国庫に納めるはずの消費税が手元に残る「益税」が少なくとも22億円規模に達しているといいます。
制度自体は適法であるものの、その運用が租税回避へとつながりかねない点が問題視され、制度見直しを求める声が強まっています。

簡易課税は中小企業の負担軽減という社会的意義を持つ一方で、経済構造の変化、多様な企業再編手法の普及が制度の前提を揺るがしつつあります。本稿では、仕組みの再整理とともに、今回指摘された事例の背景、制度が抱える構造的な課題、そして今後の論点を整理します。

1 簡易課税制度とは何か

消費税は原則として「仕入税額控除」に基づき実額計算を行います。しかし中小企業にとって帳簿管理や税額計算の負担が大きいことから、一定規模以下の事業者は「みなし仕入率」を用いて簡便に計算できる仕組みが設けられました。
要件は以下のとおりです。

  • 2期前の課税売上高が5000万円以下の事業者が利用可能
  • 業種ごとにみなし仕入率(例:小売80%、サービス50%など)を適用して税額を算定
  • 帳簿負担の軽減が最大の目的

本来は中小事業者の事務負担を軽減する一方、実額よりも税負担が軽くなるケースがあることから、一定の「益税」が制度上生じることは以前から指摘されていました。

2 制度の「抜け道」となった合併・分割スキーム

今回の検査院の調査では、21〜22年度に簡易課税を利用した売上高1億円超の法人4,796社を対象に分析したところ、
172法人が吸収合併や吸収分割を実施し、8割に当たる141法人が売上高5000万円超でも簡易課税を利用していた
ことが明らかになりました。

ここで問題となるのは、簡易課税の適用判定が「承継した法人の 2期前 の売上高」で行われる点です。

  • 事業規模が5000万円を超える法人でも
  • 過去に設立した子会社を合併したタイミングで「2期前の売上が5000万円以下」扱いになり
  • 結果として簡易課税が利用可能になる

という構図です。

さらに、検査院は次のようなケースも確認しています。

  • 子会社を新設
  • 数年後に合併
  • 再び新設し合併を繰り返す
  • 簡易課税の適用を長期間維持

制度の規定自体は適法であるため、違法行為ではありません。しかし、「制度の趣旨に反する」利用方法であるとして、租税回避的と判断されました。

3 なぜこれが問題となるのか

簡易課税によって発生した益税は調査対象105法人で少なくとも22億9000万円
本来の趣旨は「事務負担の軽減」であり、「税負担の軽減」そのものが目的ではありません。

つまり、制度が意図しない方向で企業にメリットを与える状況が生まれています。

特に以下の点が政策的課題になります。

(1) 事業再編の普及が制度の前提を崩した

近年、企業再編(合併・分割・会社分割)が大企業だけでなく中堅企業でも一般化しました。制度創設当初は想定していなかった複雑な再編スキームが企業の間で一般化し、適用要件が形式的に満たされるケースが増えています。

(2) 中小企業優遇という本来の目的が薄れる

簡易課税のメリットは本来、中小企業の取引コストと人的リソースの不足を補うためのものです。
しかし制度の “適法な抜け道” を使えば、大企業規模でも簡易課税の効果を享受できてしまう構造になっています。

(3) インボイス制度との整合性

インボイス制度の導入により、

  • 仕入税額控除は適格請求書ベース
  • 免税事業者取引での簡易課税特例(8割控除)は悪用懸念で議論中

など、消費税制度は全体として透明性向上の方向へ舵を切っています。
そのなかで、簡易課税だけが旧来の基準のまま残ることは制度全体のバランスを損ないます。

4 今後の制度見直しの方向性

財務省は検査院の指摘を受け、「不断の見直しを行う」とコメントを出しています。
今後の論点としては、次のような方向が想定されます。

(1) 適用要件の厳格化

  • 合併・分割後の売上規模も考慮する
  • 実質的基準に近づける
  • 適用可能期間の制限

などが検討される可能性があります。

(2) 大規模法人による利用制限

形式的に5000万円以下であっても、

  • グループ全体の規模
  • 売上急増の実態
    を踏まえた追加基準を設ける案も考えられます。

(3) みなし仕入率の見直し

実務負担を軽くするための仕組みである一方、実態と乖離した利益が出る構造が問題視されるため、仕入率そのものの調整や業種区分の変更も議論されるかもしれません。

(4) 長期的には「制度全体の再設計」も

海外では付加価値税の計算方式が高度にデジタル化し、小規模事業者でも実額計算をする国があります。
日本でも電子帳簿保存法・電子インボイスの普及が進めば、簡易課税の役割が相対的に縮小していく可能性があります。

5 中小企業にとっての実務的ポイント

今後の見直し議論によって制度の使い勝手は変化する可能性がありますが、現時点では以下の点が重要です。

  • 適法でも、租税回避的とみなされる運用は将来的にリスク
  • 再編スケジュールを組む際は、簡易課税適用の扱いも慎重に設計
  • インボイス制度や電子帳簿保存法との整合性を含めた全体最適を考える必要

また、適用要件の判断は「2期前の売上高」を採用する特殊なルールのため、計画的に管理しないと見落としが生じやすい点も留意が必要です。

結論

簡易課税制度は、中小企業の事務負担軽減という重要な役割を果たしてきました。しかし経済環境の変化や企業再編手法の進化により、制度の想定外の利用方法が広がりつつあります。今回の会計検査院の指摘は、制度の抜け道をふさぐだけでなく、消費税制度全体の設計を再考する契機にもなります。

中小企業にとっては、制度の動向を注視しつつ、実務上は「短期的な税メリット」よりも「中長期の制度安定性」を踏まえた対応が求められます。

参考

・日本経済新聞「消費税、簡易課税に抜け道 検査院指摘」(2025年12月5日朝刊)
・会計検査院資料
・財務省資料(消費税制度・簡易課税制度関連)


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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