2026年度の法人税改正において、研究開発税制は大きな見直しが見込まれている分野です。研究開発税制は日本企業の技術力を支える重要な制度であり、税額控除を通じて企業のR&D活動を後押ししてきました。しかし近年、制度の複雑さ、控除率の低下、重点領域の不明確さなどの課題が指摘され、日本版DOGEによる政策効果検証の対象としても注目されています。
世界的なAI競争、半導体産業の再編、脱炭素・クリーンエネルギー技術の加速など、技術革新のスピードがかつてないほど高まっている現在、日本企業が国際競争力を維持するためには、研究開発への継続的な投資が不可欠です。税制はその投資判断を支える重要な環境要因であり、2026年度改正は「税制が技術投資をどう支えるか」を問い直す機会となります。
本稿では、
・研究開発税制の現状と課題
・2026年度改正の方向性
・重点領域への選択と集中
・スタートアップ支援の可能性
・企業が今から準備すべきこと
を整理し、新しいR&D税制の姿を考えます。
1 研究開発税制の現状と課題
研究開発税制は、企業が支出した研究開発費の一定割合を法人税から控除できる仕組みであり、多くの企業が利用している主要な政策減税です。しかし、その制度にはいくつかの課題があります。
(1)制度が複雑化しすぎている
控除の対象費用や控除率の判定方法が複雑化しており、
・計算が難しい
・要件の理解が負担
・中小企業が使いづらい
といった実務上の問題が広がっています。
(2)控除率が低下傾向にある
財政事情などを背景に、研究開発税制の控除率は徐々に抑制されてきました。投資へのインセンティブが弱まっているとの指摘があります。
(3)重点領域の明確化が乏しい
欧米諸国では、
・AI
・半導体
・ライフサイエンス
・クリーンエネルギー
などに集中した支援が進んでいますが、日本の制度は一般的なR&Dを広く支援するスタイルであり、政策目的としての方向性が不明確という指摘があります。
(4)国際競争力の視点が弱い
グローバル競争の加速に対し、支援水準が国際比較で十分とは言えない面があります。特に、海外は研究開発投資を税制だけでなく補助金と一体で支援しており、日本の制度の総合力は見劣りする場面もあります。
2 2026年度改正の方向性:再設計の中心にある三つの軸
政府は研究開発税制を「選択と集中による成長投資支援制度」として再構築する方針を打ち出しており、2026年度改正に向けて次のような方向性が見えてきています。
(1)重点領域への集中支援
特に国が重要と位置付ける以下の分野が、強化対象として有力です。
・AI(生成AI含む)
・半導体・量子分野
・脱炭素(クリーンエネルギー技術)
・ライフサイエンス・医薬
・安全保障技術
これらは、産業競争力と国の安全保障の双方に関わる領域であり、税制を通じた支援強化が求められています。
(2)スタートアップを含む新産業支援
スタートアップは研究開発投資の比率が高く、成長性も大きい一方、税額控除が十分に活用できないという制度上の弱点がありました。
今後の改正では、
・赤字企業でも利用しやすい控除方式
・損失繰越との連動
・投資家へのインセンティブ
など、新産業を育成する方向での制度設計が議論されています。
(3)簡素化と実効性の向上
複雑な控除計算や要件を整理し、
・企業が利用しやすい制度
・税務リスクが低い制度
・政策目的に沿った成果が得やすい制度
への見直しが進むと考えられます。
3 重点領域への支援強化:なぜ必要なのか
研究開発税制を重点領域型に改める背景には、世界的な技術競争があります。
(1)AIの急速な進展
生成AI・マルチモーダルAIの発展は、産業構造を大きく変えつつあり、企業の研究投資もAI中心に移行しています。国としてもAI技術の自立性確保が求められます。
(2)半導体産業の再編
TSMCの国内進出に象徴されるように、日本は半導体産業基盤の再構築を進めています。材料・装置メーカーを含む広いサプライチェーンへの投資が不可欠です。
(3)脱炭素・エネルギー転換の加速
世界的にゼロエミッション投資が拡大しており、日本も税制を通じて技術革新を後押しする必要があります。
(4)安全保障技術の重要性
防衛力強化の流れの中で、民間技術が安全保障分野を支える局面が増えています。研究開発税制はその基盤形成に重要な役割を果たします。
4 スタートアップ支援としての研究開発税制
スタートアップは研究開発投資の比率が高く、税制との相性が本来は良いはずですが、現在の制度には大きな課題があります。
■ 現状の課題
・赤字が多く税額控除が活用できない
・税務リソースが不足し制度が使いづらい
・既存の大企業向け制度をベースにしており柔軟性が低い
■ 今後の方向性
・税額控除をより柔軟に使える制度
・補助金制度と連動した支援
・投資家の負担軽減
など、エコシステム全体で研究開発を支える設計が議論されています。
5 企業が今から備えるべき三つの視点
研究開発税制の再構築を前に、企業が検討しておくべきポイントを整理します。
(1)研究開発費の分類とデータ整備
重点領域に該当する研究開発を適切に分類し、
・対象費用
・効果測定
・プロジェクト単位のデータ
を整理しておくことが重要です。
(2)税務戦略と技術戦略の統合
税務部門、R&D部門、経営企画が連携し、
・税制を戦略的に活用する
・投資重点化の判断材料にする
・税制変更に左右されない成長戦略をつくる
という視点が必要になります。
(3)補助金との組み合わせを検討
税制だけでなく、
・NEDO
・経済産業省の技術補助金
・研究支援制度
などと併用することで、研究開発投資の最適化が可能になります。
結論
研究開発税制は、日本企業の技術競争力を支える最も重要な政策税制の一つです。2026年度改正では、
・重点領域への選択と集中
・スタートアップ支援の強化
・制度の簡素化
・政策効果の可視化(DOGEの影響)
が大きなテーマとなり、税制はこれまで以上に「投資を後押しする仕組み」としての役割が明確になります。
企業は、制度変更を待つのではなく、
・研究開発費の整理
・投資戦略と税務の連携
・重点領域投資の強化
といった準備を進めることで、新しいR&D税制を最大限活用することができます。
次回(第5回)は、中小企業向け税制の見直し:優遇から“生産性投資”重視へ を取り上げます。
参考
日本経済新聞など関連資料をもとに再構成。
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
