欧州が抱く通貨主権への危機感 デジタル時代の通貨覇権争いとユーロが直面する現実

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欧州中央銀行(ECB)がデジタルユーロ発行に向けて加速している背景には、表面的な技術革新だけでは語りきれない深刻な問題があります。それが通貨主権への危機感です。

国境を越えた資金移動が高速化・デジタル化する中、米国はドル建てステーブルコインの世界展開に踏み出し、中国はデジタル人民元を国際展開の柱に据えています。国際決済システムの地図が書き換わる中で、ユーロは本来の「域内決済の主軸」という役割を十分に果たせていません。

さらに、欧州はウクライナ侵攻後の地政学的緊張の中にあり、金融・決済の主導権確保は安全保障の文脈でも重要性を増しています。
この記事では、欧州が抱える通貨主権の問題、デジタルユーロが果たす役割、そして日本への示唆について整理します。

1 「ユーロが象徴していた結束」が揺らぐ現実

1999年に導入されたユーロは、欧州国家間の協調と統一市場形成の象徴でした。
しかし現在、ユーロ圏の決済インフラは矛盾を抱えています。

  • 域内の取引はユーロで行われている
  • しかし、決済ネットワークの多くはVisaやMastercardなど米国資本に依存
  • デジタル決済が進むほど、域内経済の基盤が域外企業に握られる構造が強まる

これは、通貨の価値や信用を支える基盤が欧州自身の管理下にない状態を意味し、中央銀行が「自国通貨の流通と決済を管理する」という本質的な役割が弱まっている状況です。

ECBのチポローネ専務理事が「ユーロの意義が失われかねない」と語るのは、まさにこの構造的問題があるからです。


2 アメリカと中国、デジタル時代の通貨戦略

欧州の危機感を強めているのは、米中が「デジタル通貨戦略」を国際競争の一環として捉えている点です。

(1) 米国:ドル建てステーブルコインの世界展開

トランプ政権が掲げる「デジタル時代のドル覇権」は、中央銀行発ではなく民間主導のデジタルドル圏を広げるアプローチです。

  • USDTやUSDCなどドル建てステーブルコインはすでに国際取引で広く利用
  • 国境を越えた決済で使われる通貨は“ドル優位”がさらに強化
  • 欧州の金融インフラにも影響が及ぶ可能性が高い

ドルのデジタル化が世界標準になれば、ユーロ圏の決済主権が一段と弱まります。

(2) 中国:国家主導のデジタル人民元

中国はデジタル人民元を国家戦略に位置づけ、

  • 国際貿易(特に一帯一路各国)
  • 国境を越える小口決済
  • 国内のキャッシュレス管理

での利用拡大を進めています。

米国と中国の双方が、異なる手法ながら「自国デジタル通貨圏」を確立しようとする今、欧州がこれまでのままでは影響力を失うという現実があります。


3 ステーブルコインの台頭がもたらす新たなリスク

通貨主権の観点では、ステーブルコインは単なる技術革新ではなく金融政策そのものに影響を与える存在となりつつあります。

ECBが警戒する理由は次の通りです。

  • 裏付け資産の価値が変動すると「取り付け騒ぎ」が起こりうる
  • 発行体が欧州規制の外にあると、金融危機時のリスク管理が効かない
  • 取引データや決済情報が域外に流出する可能性がある
  • 民間の通貨が公的通貨の役割を侵食する

特に、ユーロ圏外の問題がユーロ圏内の金融安定を揺るがす可能性は、ECBにとって看過できないリスクです。


4 地政学の緊張と金融インフラの安全保障化

ウクライナ侵攻以降、欧州は“戦時モード”に入りました。
エネルギー調達やサプライチェーンだけでなく、金融インフラの保全も安全保障の一角を担います。

そのためECBは、

  • バルト三国(エストニア等)のサイバー防衛知見を活用
  • サーバーの分散化で決済の停止リスクを低減
  • サイバー攻撃にも耐える「多層型アーキテクチャ」を設計

という取り組みを進めています。

決済が止まることは、現代の国家機能が停止することに等しいため、CBDCは単なる“便利な決済手段”ではなく戦略的インフラなのです。


5 デジタルユーロが目指す「自立した通貨圏」

デジタルユーロは、次の3点を目的としています。

  1. 決済主権の回復と強化
  2. 域内で完結する統一的な決済手段の構築
  3. 外部システム依存リスクの軽減

これは、ユーロ誕生時の理念である
「欧州が自立した通貨圏を形成する」
という構想を、デジタル時代にアップデートする試みとも言えます。

実現には法整備や国内調整が必要ですが、欧州は26年の法成立、29年の発行を目指し、“通貨覇権争い”の舞台に戻ろうとしています。


6 日本の針路への示唆

欧州の動きは、日本にも少なくない示唆を与えます。

  • 日本もドル建てステーブルコインの影響下にある
  • 決済インフラは民間に大きく依存
  • 地政学リスク(特にアジア圏)への備えが求められる
  • 高齢化社会で現金利用が残りつつ、デジタル決済も拡大

日本銀行がCBDCを本格導入するかどうかは未定ですが、
通貨主権をどう維持するか
国際デジタル経済で円の存在感を保てるか
という観点は、欧州以上の重要性を持ちつつあります。

ECBの知見は、日本にとっても極めて価値の高い情報資源になるでしょう。


結論

欧州がデジタルユーロ導入に踏み切る最大の理由は、デジタル時代の通貨覇権争いの中でユーロが存在感を失わないためです。
米中が強力なデジタル通貨戦略を進める中、ユーロ圏が政策効果と金融安定を維持するには、域内で完結する自立した決済インフラの整備が欠かせません。

通貨の発行・決済・データ管理は、もはや金融政策だけでなく安全保障政策の領域に入りつつあります。
欧州の危機感とその対応は、デジタル経済へ移行する世界で、各国がどのように通貨主権を守り、国際的な役割を確保するのかという重要な問いを投げかけています。

日本にとっても、円の将来像と国際競争力の維持という観点から、欧州の動きは大きな参考となるはずです。


参考

・日本経済新聞「欧州、通貨主権に危機感」2025年12月5日朝刊
・European Central Bank, Digital Euro Programme
・Bank of Japan, CBDC関連資料
・BIS(国際決済銀行)CBDCに関するレポート


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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