政策金利0.75%でも「まだ緩和的」――日銀の利上げ継続と中立金利を読み解く

FP

2025年12月、日本銀行は政策金利(無担保コール翌日物金利)を0.5%程度から0.75%程度へ引き上げました。30年ぶりの水準という表現が注目される一方で、植田和男総裁は記者会見で「実質金利は大幅なマイナス」「中立金利の下限にはまだ距離がある」と述べ、金融環境はなお緩和的であるとの認識を示しました。
金利は確かに上がりましたが、それでも日銀は「引き締めには至っていない」と説明しています。本稿では、この一見わかりにくい状況を整理するため、実質金利と中立金利という二つの物差し、そして市場の反応を踏まえながら、今回の利上げが持つ意味を考えます。

1.今回の利上げで何が決まったのか

日銀は金融政策決定会合で、政策金利を0.75%程度に引き上げることを全員一致で決定しました。利上げは約1年ぶりであり、マイナス金利解除後の金融正常化が一段進んだ形です。
同時に日銀は、経済・物価情勢が見通し通りに推移すれば、今後も政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく方針を改めて示しました。ただし、具体的な時期やペースについては明言を避け、「毎回の会合で判断する」という慎重な姿勢を維持しています。

2.「0.75%でも緩和的」とされる理由――実質金利

政策金利が0.75%と聞くと、長年の低金利に慣れた感覚では「かなり高くなった」という印象を受けます。しかし日銀が重視しているのは、物価上昇率を差し引いた実質金利です。
足元の消費者物価上昇率は3%前後で推移しており、名目金利からこれを差し引くと、実質金利は依然として大幅なマイナスになります。植田総裁が「金融緩和の度合いは大きく変わっていない」と説明する背景には、この実質金利の低さがあります。
つまり、名目金利は上がっても、物価との関係で見れば、経済活動を強く抑制する水準には至っていないという評価です。

3.中立金利との関係――「まだ距離がある」

もう一つの重要な概念が中立金利です。中立金利とは、景気を刺激も冷やしもしない金利水準を指します。政策金利が中立金利を下回れば金融緩和、上回れば金融引き締めと整理されます。
日銀は中立金利について、単一の数値ではなく幅をもって捉える必要があるとしています。これまでの説明では、名目ベースで1~2.5%程度の間に分布するとされています。
今回の会見で植田総裁は、政策金利0.75%は「中立金利の推計値の下限にはまだ少し距離がある」と述べました。これは、日銀自身が現時点の金利水準を、まだ中立に達していない、金融正常化の途中段階と位置づけていることを意味します。

4.市場の反応が割れた理由

利上げ決定後、債券市場では長期金利(10年国債利回り)が2%台に上昇しました。一方、外国為替市場では円安が進む場面も見られました。
この動きは一見すると矛盾しているように映りますが、市場ごとの見方の違いを反映しています。債券市場では、利上げ継続の可能性や財政運営への警戒感を織り込み、将来の金利水準を意識した動きが強まりました。
一方で為替市場では、日銀が利上げを急がない姿勢を示したと受け止められ、日米金利差の縮小が想定ほど進まないとの見方から、円売りが優勢になったと考えられます。中立金利や到達点が明確でないことが、市場評価を分かれさせる要因となっています。

5.家計・企業・政府への影響

金利上昇の影響は、立場によって異なります。
家計では、預金金利の上昇が利子収入の増加につながる一方、変動型住宅ローンを利用している世帯では返済負担が増えます。特に借入残高の大きい現役世代ほど影響を受けやすく、金融資産を多く持つ層とは明暗が分かれやすい状況です。
企業にとっては、資金調達コストの上昇が財務規律として作用します。借入構造の見直しや投資採算の精査が一層重要になり、財務戦略の巧拙が企業評価に反映されやすくなります。
政府にとっては、長期金利の上昇が国債費の増加につながる点が課題です。成長と物価上昇を伴う「良い金利上昇」であれば問題は限定的ですが、財政不安が金利に上乗せされる形になると、市場の信認に影響を及ぼす可能性があります。

結論

政策金利0.75%への引き上げは、「金利のある世界」への移行が進んだ象徴的な出来事です。しかし日銀は、実質金利が依然として大幅なマイナスであり、中立金利にも達していないとして、金融環境はなお緩和的だと評価しています。
今後の焦点は、次の利上げの時期そのものよりも、賃金と基調的な物価上昇が持続するか、円安が物価にどう波及するか、そして財政運営と金融政策の整合性が保たれるかにあります。
金利の変化は、家計・企業・政府それぞれに異なる影響を及ぼします。誰にとっての金利なのかという視点を持つことで、金融政策のニュースはより立体的に理解できるでしょう。

参考

  • 日本経済新聞「日銀植田総裁『中立金利なお距離』 利上げ路線を継続(政策金利0.75%決定)」
  • 日本経済新聞「長期金利2.02%に上昇 円は下落157円台 利上げ評価割れる」
  • 日本経済新聞「日銀総裁の会見要旨」
  • Reuters “Bank of Japan raises interest rates to 0.75%”(2025年12月19日)
  • Reuters “BOJ Governor Ueda’s comments at news conference”(2025年12月19日)
  • Reuters(日本語)「長期金利が2%に上昇…」(2025年12月19日)
  • Financial Times “Japan raises interest rates to highest level in 30 years”(2025年12月19日)
  • Bloomberg(日本語)「日銀総裁、中立金利下限に『まだ距離ある』…」(2025年12月19日)
  • 三井住友DSアセットマネジメント 市川レポート「日本の長期国債と超長期国債の利回り上昇について」(2025年12月)

という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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