日本の社会保障制度は、高齢化の進展と少子化の影響を強く受けています。年金・医療・介護といった制度は、国民生活の基盤である一方、その多くが賦課方式に依存しているため、人口構成の変化に大きく左右されます。
このシリーズでは、社会保障制度を持続可能に保つための「インデクセーション(調整)」に着目し、制度別の課題や機能不全、制度調整のあり方を多角的に整理してきました。本総集編では、第1回〜第9回の内容を横断的にまとめ、今後の社会保障改革を考えるうえでの総合的な視点を提示します。
1. 社会保障を維持するためのキーワードは「インデクセーション」
シリーズ全体の根幹となったテーマが、社会経済の変化を制度に自動的に反映させるインデクセーションです。物価や賃金が変動しても、制度の実質価値を保つためには調整の仕掛けが不可欠です。
- 税制では所得税のブラケットクリープが典型例
- 年金では賃金・物価の双方に基づく複層的インデックス調整
- 社会保険料は賃金に比例するため自然に調整される
- 名目額固定の制度は調整しなければ実質的に歪む
制度が名目基準のまま固定されると「知らぬ間に実質負担や給付が変化している」状態が生じ、国民の不信を招きます。インデクセーションは、この歪みを透明に整え、制度への信頼を高める役割も担います。
2. 年金制度は「複層的インデックス」に基づく精緻な仕組み
日本の年金制度は、賦課方式の弱点を補うためにインデクセーションを高度に組み込んだ制度です。
● 賃金・物価・人口の三層インデックス
- 賃金スライド:受給開始時の基礎となる賃金水準を反映
- 物価スライド:受給後も実質的な生活水準を維持
- マクロ経済スライド:平均寿命の伸びと被保険者減少を自動調整
さらに巨額の積立金を長期的に運用することで、賦課方式の負担増を緩和する役割も果たしています。
● その一方で、インデックスの機能不全という課題
- デフレ期に物価スライドが凍結され、給付の実質水準が高止まり
- マクロ経済スライドが長期間発動できず、調整が先送り
- 基礎年金が賃金下落を十分に反映しない時期があり財政悪化
これらの問題は、調整が停止すると後年度の負担が増し、制度の持続性が損なわれることを示しています。
3. 医療・介護は年金と同じ賦課方式だが、インデックスが機能しにくい
医療・介護制度も賦課方式ですが、インデクセーションが年金ほど機能しない構造的理由があります。
● 小規模保険者が多く、人口構成が安定しない
市町村国保や企業健保は加入者が限定され、地域や企業の特性により人口構成が偏ります。このため、賃金に基づく調整では給付費の変動を吸収しきれません。
● 給付費の伸びは医療技術やサービス需要の影響が大きい
医療費の伸びは賃金ではなく、
- 医療技術の高度化
- 受診行動の変化
- 新技術導入によるサービス単価の増加
といった要素に強く左右されます。年金と異なり、賃金連動では給付費を統御できません。
● 官製市場のため価格を「引き下げる」調整は難しい
診療報酬・介護報酬は政府が設定しているため、人口に合わせて自動的に下げる仕組みを導入すると、
- 医療・介護スタッフの賃金が低下
- 人手不足の深刻化
- サービス提供の縮小
という問題を引き起こします。
4. 高額療養費制度の課題は「インデックス調整の遅れ」
医療費の自己負担限度額を定める高額療養費制度は、名目固定が続くと実質給付が増える仕組みになっています。
- 前回の制度見直しは約10年前
- 賃金は上がっているのに限度額は据え置き
- 実効給付率が上昇し、制度負担が増加
インデックス調整を入れる意義はあるものの、不定期・裁量的な変更は制度の信頼性を損ないかねず、丁寧な設計が求められます。
5. 今後不可避のテーマは「給付範囲と支え手拡大」
シリーズで繰り返し示された結論は、少子高齢化が進む日本では、インデクセーションだけでは十分ではないという点です。
● 支給開始年齢の調整
- 平均寿命に応じて年金の開始年齢を引き上げる
- 高齢者医療・介護の対象年齢も連動して見直す
- 企業・労働者が準備できるよう長い移行期間が必要
● 給付対象・負担の見直し
- 財政制約の中では、給付の優先順位を明確化
- 高所得層の自己負担割合見直し
- 保険料の再設計や窓口負担の再検討
● 支え手の拡大
- 高齢者の就労促進
- 雇用慣行の改革
- 外国人労働者の受け入れ議論
これらを避けることはできず、早期に議論を進めるほど社会的混乱を抑えられます。
結論
「インデクセーション」は、社会保障制度の実質価値を維持するための重要な工夫であり、複雑な制度改革のなかで比較的受け入れられやすい調整手法です。しかし、少子高齢化が急速に進む日本においては、それだけでは制度を支えきることはできません。
- 年金は複層的インデックス調整により一定の安定性を確保
- 医療・介護は市場構造の制約からインデックスが機能しにくい
- 高額療養費制度は調整の遅れが制度の歪みを生む
- 将来的には給付範囲と負担構造の見直しが不可避
- 支給開始年齢や制度年齢の引き上げなど長期的調整が必要
社会保障は「長期契約」であり、制度への信頼性が最も重要です。早めに議論し、透明性を持って調整を進めることが、国民の生活設計を守り、制度の持続可能性を高める鍵になります。
参考
・日本経済新聞「持続可能な社会保障」シリーズ(第1回〜第9回)
・厚生労働省、財務省資料(年金、医療、介護、社会保障制度関係)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

