政府・与党が検討を進めてきた「1億円の壁」への是正策が、いよいよ具体化しました。2027年分の所得から適用される見込みの「富裕層ミニマム課税」は、最低税負担率を30%へ引き上げ、非課税枠を縮小するという大きな改革になります。
株式売却益を中心とした富裕層の税率構造が見直されることで、所得再分配機能の強化につながるのか。個人投資家や事業オーナーにとってどのような影響があるのか。本稿では制度の仕組みと狙い、今後の論点を整理します。
1. なぜ「1億円の壁」が問題視されてきたのか
所得税の実効負担率は、一般的に所得が高まるほど上がる構造になっています。しかし、富裕層の所得構造は給与よりも株式売却益(キャピタルゲイン)や配当などの金融所得が占める割合が大きく、これらが一律約15%(復興特別所得税を含め約15.315%)で課税されるため、所得が1億円を超えたあたりから負担率が低下していきます。
この現象を指して「1億円の壁」と呼び、累進課税の理念が薄れるという指摘が近年強まっていました。政府はこれまでも金融所得課税の一体化などを議論してきましたが、今回初めて制度として明確な再分配強化策を打ち出したことになります。
2. ミニマム課税の仕組み:最低税率30%の導入
今回示された改正案では、次のステップで税額を算出します。
- 合計所得金額から非課税枠1億6500万円を控除する。
- 残額に対し30%の税率を乗じる。
- 計算された金額が通常の所得税額を上回る場合、その差額を追加徴収する。
つまり、これまで22.5%だった最低税負担率が30%へ上昇します。
非課税枠も現行の3億3000万円から半減され、適用対象者は大幅に増える見通しです。
記事によると、差額徴収が発生する所得ラインは次のように変わります。
- 現行:約30億円以上で発生
- 新制度:約6億円前後から発生へ
富裕層の中でも、一定規模以上の金融所得を得ている層に影響が広がるとみられます。
3. どんな富裕層が影響を受けるのか
今回の制度は「所得構造の偏り」に着目した設計です。主に影響が及ぶのは以下の層です。
- 株式売却益が年数億円規模の資産家
- 企業オーナーが株式売却を実施したケース
- 上場企業経営者のストックオプション行使益
- 大規模不動産売却による大口の譲渡所得
金融所得の一体課税ではなく、あくまで「最低税負担率」を確保する仕組みであるため、すべての富裕層に一律で税負担が増えるわけではありません。ただし、売却益が極端に大きい場合は追加税負担が発生しやすくなります。
4. 再分配機能は本当に強化されるのか
所得が高いほど実効負担率が下がる逆転現象を抑える効果はありますが、一方で課題も指摘されています。
- 金融所得課税そのものは手つかずのまま
- 起業家の株式売却益への影響が投資意欲を削ぐ可能性
- 海外に移住して節税する富裕層の増加懸念
- 非課税枠の設定が妥当かどうかの議論
「税の公平性」を重視する議論と、「起業・投資の活性化」を重視する議論をどうバランスさせるかが、今後の政策設計の焦点になります。
5. 個人投資家に影響はあるのか
一般の個人投資家が受ける影響は限定的です。今回の制度は、あくまで“合計所得が数億円を超える層”が対象だからです。
ただし、今後の方向性を占ううえでは重要なシグナルになります。
- 金融所得課税の見直しにつながる可能性
- 長期資産形成(NISA・iDeCo)との位置付けの再整理
- 「高所得者優遇」との批判を背景に追加の税制改正が進む可能性
とくにNISA拡大後、資産所得倍増を掲げる政府方針との整合性も注目点となります。
結論
「1億円の壁」を超える富裕層に対するミニマム課税の導入は、日本の税制における大きな転換点になります。最低税負担率を30%まで引き上げ、非課税枠を縮小することで、所得が極めて高い層の実効税率を引き上げる狙いがあります。
一方で、金融所得課税そのものの見直しではないため、課題が解消されたわけではありません。税の公平性と経済活性化の両立という日本固有の難題に対し、今回の制度は一つの回答を示したに過ぎません。今後の政策議論では、富裕層課税の国際動向、スタートアップ支援、投資環境の整備など、多様な視点からの検討が求められます。
参考
- 日本経済新聞「富裕層課税強化、最低税率30%に上げ」2025年12月12日
- 政府・与党 2026年度税制改正関連資料
- 金融所得課税構造に関する財務省資料
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

