以前の記事では、年金制度におけるインデクセーション(調整)の役割を整理し、人口構成の変化とともに制度を自動的に適正化する仕組みの重要性を確認してきました。しかし、同じ社会保障の一角を担う医療・介護は、年金と同様に賦課方式で運営されているにもかかわらず、賃金や物価への単純なインデックス調整が成立しにくい分野です。
この記事では、医療・介護の保険財政が年金とは異なる特徴を持つ理由と、インデクセーションが機能しにくい構造的理由をまとめます。
1. 医療・介護は年金と同じく「完全賦課方式」
医療保険や介護保険も、基本的には単年度の給付費をその年度の保険料と公費で賄う完全賦課方式です。医療・介護の給付が増える高齢期に備えて保険料を徴収し、現役世代が受給世代を支えるという構図は年金とよく似ています。
したがって、理論上は人口構成が安定していれば、賃金上昇率に応じたインデックス調整で給付と負担のバランスを保てます。ここまでは年金と同じロジックが成り立ちます。
しかし実際には、この理論がそのまま当てはまりません。その理由が次の二点です。
2. 加入者集団が小さく、人口構成が安定しにくい
年金制度は「全国民を対象とした巨大な保険プール」であるため、加入者の年齢構成や所得が比較的滑らかに変化します。
一方、医療・介護は以下のとおり加入者が細かく分かれています。
- 市町村ごとの国民健康保険
- 企業ごとの健康保険組合
- 協会けんぽ
- 後期高齢者医療制度
- 介護保険(市町村が保険者)
規模が小さいほど、加入者の年齢構造が地域の人口構成に強く左右されます。高齢化が早い地域では給付費が急増し、保険料負担が急速に上がります。これは賃金上昇率によるインデックス調整では吸収できません。
この問題への対応として、国民健康保険は「市町村→都道府県」への財政単位の集約が進められており、人口構造による偏りを平準化する試みが進行中です。
3. 給付費を「賃金でコントロールできない」という構造問題
医療・介護が年金と決定的に異なる点は、給付水準を賃金や物価に合わせて自動的に調整することが難しい点です。
厚生労働省のデータによれば、2019年度〜2023年度の医療費伸び率(平均2.1%)の内訳は次のとおりです。
- 人口の影響:▲0.4%
- 高齢化:+1.0%
- 診療報酬改定:▲0.6%
- その他(医療技術の高度化等):+2.2%
特に「高度化等」の項目が大きく、医療技術の発展によって給付費が自律的に増大する構造があります。
●医療・介護は「官製市場」である
医療・介護の特徴は、
- 価格(診療報酬・介護報酬)
- サービス供給量
- 医療機関・介護施設の配置
といった重要要素が政府により決められている点です。
競争市場であれば、需要増 → 価格上昇 → 賃金上昇につながります。しかし、官製市場では価格(=報酬)は抑制されやすく、賃金上昇率と連動しません。そのため、
給付費が賃金上昇と同程度の伸びに自然とは収まりにくい
という構造的問題があります。
4. インデックス調整で給付を引き下げることが「適切ではない」理由
年金制度にはマクロ経済スライドが導入されていますが、医療・介護では同様の人口インデックス導入は推奨されていません。
その理由は明確で、もし高齢化を理由に医療・介護の報酬を引き下げると、
- 医療・介護スタッフの賃金が市場水準よりも低下
- 人手不足の深刻化
- 医療・介護サービスの供給そのものが縮小
という現実的な問題を引き起こすためです。
医療・介護はサービスの質が労働集約的要素に大きく依存しており、報酬を引き下げる調整方式は制度そのものの持続性を揺るがしかねません。
結論
医療・介護の保険制度は、賦課方式という観点では年金と共通点があります。しかし、給付費の決まり方や市場構造はまったく異なり、賃金や物価と自動的に連動させるインデクセーションの導入は制度の本質にそぐみません。
- 加入者集団の規模が小さく人口構成が不安定
- 給付費が医療技術・需要の変化に強く影響される
- 政府が価格と供給を決める官製市場である
- 報酬引き下げはサービス提供体制の崩壊につながる
これらの要因が重なり、医療・介護に対して年金と同じ調整方式を適用することは難しいのが実情です。
社会保障の持続可能性を考える際には、
「賦課方式だからインデックス調整できる」
という単純な構図ではなく、制度ごとの特性と市場構造を踏まえて議論することが求められます。
出典
・日本経済新聞「持続可能な社会保障(7) 官製市場の医療・介護」
・厚生労働省「医療費の動向」関連資料
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

