出産無償化に向けた新制度案と地域医療のゆくえ(分娩費用の全国一律化がもたらす変化)

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出産にかかる費用は、これまで医療機関ごとに大きな差があり、地域間でも10万円以上の違いが生じてきました。全国平均は約52万円、東京都では約65万円、熊本県では約40万円とばらつきが大きく、出産育児一時金(50万円)で賄いきれないケースも多くありました。こうした負担や不透明感を解消するため、厚生労働省は分娩費用を全国一律にし、自己負担ゼロを目指す新制度案を示しました。

本稿では、この制度案が示す方向性と、出産費用の仕組みが大きく変わることによる影響、地域医療への課題について整理します。

1 分娩費用の一律化と「無償化」へ向かう理由

これまで正常分娩は公的医療保険の対象外と扱われてきました。保険診療に該当する帝王切開は3割負担が適用される一方、正常分娩は自費扱いであるため、医療機関ごとに価格が大きく異なりました。そのため、出産育児一時金を増額しても、同時に分娩費用も上昇し、結局負担が軽減しない「いたちごっこ」が長年の課題となっていました。

今回の一律化案は、

  • 出産費用の上昇を抑制し、
  • 地域差をなくし、
  • 費用の透明性を高め、
  • 子育て世代の負担を確実に軽減する

という目的を持っています。

特に2023年に出産育児一時金が50万円に引き上げられた後、分娩費用も急上昇したことは政策的な問題とされ、一時金増額だけでは限界があることが浮き彫りになりました。

2 全国一律の単価設定という大きな構造改革

厚労省案の最大の特徴は「全国共通の分娩費用を設定する」という点です。これは医療保険制度の枠組みに近い発想で、ある意味、分娩費用を診療報酬のように扱う方向性ともいえます。

しかし一律化には次のような課題もあります。

(1)産科医療機関の経営悪化リスク

価格が一律になると、地域の実態や人件費の違いが反映されにくく、都市部の医療機関では採算が悪化する可能性があります。人手不足や夜間体制維持の負担が大きい産科では、「高い報酬水準でなければ撤退する医療機関が出る」という指摘が出されています。

(2)リスクの高い妊婦を受け入れる医療機関の評価

分娩は一律では評価できないほど個別性が高い医療行為です。短時間で終わるケースもあれば、24時間以上かかる場合もあり、リスクの高い妊婦ほど人員配置や周産期医療との連携が求められます。
そのため、医療機関側が強く主張するのは「リスクの高い妊婦を積極的に受け入れる病院には加算評価を」という点です。

(3)産科医療提供体制の維持

出産ができる医療機関は1996年から半減し、2023年は病院ベースで全国886施設にまで減少しました。妊婦が近隣で出産できない状況が増えれば、安心して子どもを産み育てる環境が損なわれます。
したがって制度設計では「無償化」と同時に「医療体制の維持」を実現させる視点が不可欠です。

3 付加サービスの扱いと価格の透明化

新制度では「お祝い膳」「エステ」「写真撮影」などの付加サービスは公的支援の対象外となり、原則自己負担となります。
現在は、付加サービスが入院料などに組み込まれており、妊婦が選択できないケースが多く、料金の不透明さが問題視されていました。

付加サービスを分離して価格を明確にすることで、

  • 妊婦が必要なサービスを選択できる
  • 過剰サービスによる価格上昇を抑制できる
  • 全国比較しやすくなり市場の健全性が高まる

といった効果が期待されます。

4 「無償化」は子育て支援の柱となるのか

政府が掲げる「こども未来戦略」では、出産費用の保険適用を含めた支援強化を2026年度までに進める方針を打ち出しています。出産費用の無償化は、その象徴的な施策として位置づけられています。

少子化対策としては、

  • 妊娠・出産の経済的障壁を下げる
  • 若い世代が子どもを持つことへの心理的ハードルを下げる

といった側面が大きく、費用面の不安を軽減する効果が期待できます。

ただし無償化そのものが出生率の急改善につながるとは言い切れず、住宅、教育、働き方、保育など幅広い子育てインフラと総合的に連動していくことが必要です。

5 制度実施に向けた論点整理

制度が成立するまでには、多くの議論が必要です。特に次の3点が重要になります。

(1)一律価格の水準設定

医療機関の経営を維持しつつ、国民負担のバランスを取る適正価格をどう設定するか。

(2)地域やリスク差への補正

都市部の高コスト構造、24時間体制、ハイリスク妊婦対応など、条件に応じた加算の仕組みが不可欠となります。

(3)段階的導入の設計

対応可能な医療機関から段階導入する案も示されており、スムーズな移行計画が求められます。


結論

分娩費用の無償化と全国一律の価格設定は、出産費用の透明性を高め、子育て世代の負担軽減に大きく寄与する可能性があります。
一方で、産科医療の提供体制はすでに限界が見え始めており、医療機関の経営を揺るがす単価設定となれば、出産できる場所が減少し、地域格差がさらに拡大する恐れもあります。

制度化の焦点は、

  • 「無償化の実現」
  • 「医療体制の維持」
  • 「公平で透明な費用体系」

の3つをどう両立させるかにあります。

出産をめぐる環境は、家族形成における重要な要素です。経済的負担の軽減と医療体制の持続を同時に目指す制度改革が、少子化対策の中で確かな前進となることが期待されます。


参考

・日本経済新聞「出産無償化へ、分娩費用を全国一律に 厚労省案」(2025年12月5日 朝刊)
・厚生労働省 社会保障審議会資料
・出産育児一時金の制度概要および過去の改定情報


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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