日本の財政は長期にわたり拡張を続け、社会保障費の増加、物価上昇への対応、少子化対策など、必要な政策は山積しています。その一方で、限られた財源をどのように確保し、どの政策に優先して配分するかという課題はこれまで以上に複雑になっています。
2025年から政府が本格的に取り組むとされる「日本版DOGE(政府効率化省)」は、租税特別措置や補助金、基金の整理を通じて、政策効果が低い支出を見直し、財源を捻出しようとする試みです。米国の事例を参考にしたこの組織がどこまで効果を発揮できるのかは未知数ですが、政策効果を「証拠に基づいて検証する」姿勢が強調されている点は、今後の日本の財政運営を考えるうえで重要な示唆を与えます。
本稿では、日本版DOGEの背景と論点を整理しながら、予算の効率化を進めるための条件や、税制・補助金をどう見直すべきかを解説します。
1 なぜ「日本版DOGE」が必要なのか
日本は GDP 比で見た債務残高が主要国の中でも突出して高く、財政余力は限られています。一方で、物価高対策や成長戦略、子育て支援など、必要な政策の範囲は拡大するばかりです。
本来であれば、財政再建を優先しつつも、成長と分配の両立を図るという難しい舵取りが求められます。これを避けて漫然と財政を膨張させれば、市場の警戒を招き、金利上昇や通貨安という形で国民生活に跳ね返る可能性があります。
こうした現状を踏まえ、「まず無駄な支出を見直すべき」という議論が強まり、日本版DOGEが注目されるようになりました。
2 政策の「棚卸し」が必要とされる背景
政府の予算には、明確な効果が測定されていないまま延命されている政策が少なくありません。
代表例が以下の3つです。
- 租税特別措置(租特):特定の企業活動や個人の行動を促すために設けられた税優遇制度
- 補助金:企業や自治体、団体に対して国が交付する財政支援
- 基金:複数年度にわたる事業のために先に積み立てられた資金
特に租税特別措置は一度作られると恒久化しやすく、政策の有効性が検証されないまま「既得権化」しやすい特徴があります。研究開発税制や賃上げ促進税制のように目的が明確な制度であっても、実際に企業の行動変容を促しているのか、それとも既に行っている投資への「ご褒美」になっているだけなのかは、丁寧な検証が欠かせません。
政策の「効果」よりも「継続ありき」で議論が進む構造を転換することが、日本版DOGEの大きな使命といえます。
3 課題①:政策効果の測定が難しい
しかし、政策検証は口で言うほど簡単ではありません。
政策効果を測るためのデータが十分に整備されていないという問題が根強くあります。
・事業ごとの費用対効果
・企業の行動変容
・自治体への波及効果
・所得階層ごとの恩恵の偏り
など、政策の成否を判断するためには多面的なデータが必要です。
ところが、日本の行政は省庁ごとにデータが縦割りで管理されており、統合して活用できる体制が整っていません。政策の失敗例が積極的に共有される風土も乏しく、いわば「改善サイクルの欠如」が長年の課題でした。
4 課題②:政治的な思惑が介入しやすい
政策の廃止や縮小は、関係団体や産業界から反発を受けやすく、政治的にデリケートな判断になります。
例えば
・研究開発税制を縮小すれば、技術競争力の低下を招くのではないか
・賃上げ促進税制の廃止は「物価高を上回る賃上げ」の流れを止めるのではないか
など、意見が割れる部分です。
「特定の政策を廃止して、特定の政策の財源にする」方式は、政策全体を最適化するという本来の目的とズレる可能性もあります。政治判断と政策判断を切り分けることが、予算効率化の大前提となります。
5 政策効果検証を支える「エビデンス」の重要性
日本版DOGEの存在意義は、まさにここにあります。
- どの政策が効果を発揮し、どれが効果を失っているのか
- 政策の目的が時代に合っているか
- 同じ目的をより低コストで達成できないか
- 国際比較から見て効果の高い手法は何か
こうした問いに対し、主観ではなく「データ」に基づいて判断する。
このプロセスを制度として仕組み化しなければ、予算の膨張を止めることはできません。
6 税制のインセンティブ効果をどう評価するか
税優遇制度は、国が企業や個人に望ましい行動を促すための強力なツールです。しかし、インセンティブ設計には常に慎重さが必要です。
例えば、賃上げ促進税制によって企業が本当に賃上げへ前向きになっているのかを検証するには、
・税制利用企業と非利用企業の比較
・業種別・規模別の賃上げ率の推移
・海外企業との比較
など、因果関係の分析が欠かせません。
「税制がなければ賃上げしなかったのか」という議論は、非常に複雑であり、国内外の研究蓄積を踏まえた分析が求められます。
7 所得・資産データの統合と行政DXの推進
給付付き税額控除のように、本当に支援が必要な層に確実に支援する政策を設計するには、所得・資産情報を国と自治体で統合的に管理する基盤が不可欠です。医療DXやマイナンバー制度の進展と合わせ、行政データの統合が進めば、政策効果の測定精度は飛躍的に高まります。
AIの活用により、
・政策効果のシミュレーション
・数百万件規模のデータ解析
・不正受給の自動検知
など、これまで人的リソースでは困難だった分析も可能になります。
行政DXは単なる効率化ではなく、政策の質そのものを高めるためのインフラといえます。
結論
予算効率化は、単なる支出削減ではなく、「限られた財源を最大限に活かすための国家戦略」です。日本版DOGEはあくまでその第一歩であり、政策そのものを定量的に評価し、失敗を改善へつなげる「Evidence-Based Policy(EBPM)」の仕組みを強化することが本当の目的です。
これからの行政には、
・データに基づく政策設計
・インセンティブの精緻な検証
・行政DXとAIによる支援
・透明性の高い見直しプロセス
が求められます。
予算を効率化することは、将来世代の負担を軽減するだけでなく、必要な政策を実行するための「財政の余白」を生み出します。政策の効果を科学的に検証し、必要なところに必要な資源を投入する——その当たり前の仕組みを確立できるかどうかが、日本の持続可能な発展の鍵となります。
参考
・日本経済新聞「予算効率化は証拠に基づき政策検証を」(2025年12月4日 朝刊)
・各種政府資料、EBPM関連論文、行政DXに関する公開資料 ほか
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

