2026年度、主に中小企業の従業員が加入する全国健康保険協会(協会けんぽ)の保険料率が、実に34年ぶりに引き下げられる見通しとなりました。
平均保険料率は現在の10.0%から9.9%へと0.1ポイント下がる方向で調整が進んでいます。
一見するとわずかな変更に見えますが、加入者は約4,000万人にのぼり、現役世代の家計や企業負担、さらには今後の医療保険制度全体に与える影響は小さくありません。本稿では、この保険料率引き下げの背景と意味、そして見落とされがちな論点について整理します。
協会けんぽの保険料率、なぜ今下がるのか
協会けんぽの平均保険料率は、2012年度以降、10.0%で据え置かれてきました。今回の引き下げは、1992年度以来のことであり、協会けんぽ発足後としても初めての実質的な引き下げとなります。
背景にあるのは、賃金上昇による保険料収入の増加です。
標準報酬月額の平均は直近3年間で年1.6~2.0%程度上昇しており、その結果、2024年度の医療分保険料収入は前年度比3.4%増の約10.6兆円に達しました。医療分の収支は15年連続の黒字となり、準備金も法定水準の6.6倍まで積み上がっています。
財務の安定を受け、「収入増を現役世代に還元すべきだ」という声が、与党内や事業主側からも強まっていました。
現役世代にとっての実際の効果
保険料は企業と従業員が折半で負担します。
0.1%の料率引き下げにより、従業員一人あたりの負担は、企業負担分を除くと年平均で約2,000円程度軽くなると試算されています。賃上げが続けば、軽減効果はさらに大きくなる可能性があります。
ただし、2026年度からは少子化対策の財源として、医療保険料に新たな支援金が上乗せされます。協会けんぽの被保険者では、月額400円程度の負担増が見込まれており、今回の引き下げ分が相殺される側面もあります。
単純な「負担減」と捉えるのではなく、制度全体の中で評価する視点が欠かせません。
高齢者医療への仕送りと制度の歪み
協会けんぽの財務が改善する一方で、現役世代の負担感が強まっている要因の一つが、高齢者医療費への拠出です。
保険料を原資とした後期高齢者医療制度への支援金や納付金は年々増加しており、「仕送り構造」とも呼ばれています。
今回の料率引き下げは、こうした負担構造への不満を一時的に和らげる効果はありますが、根本的な解決には至りません。支払い能力のある高齢者への負担のあり方を含め、世代間の負担配分そのものが問われています。
大企業健保や国庫補助への波及
協会けんぽは、医療給付費の16.4%について国庫補助を受けています。一方、大企業が運営する健康保険組合には同様の補助はありません。
このため、協会けんぽの保険料率は「大企業健保の解散ライン」とも言われています。協会の料率が低下すると、保険料率が10%を超える健保組合では、自前運営のメリットが薄れ、解散が相次ぐ可能性があります。
実際、2024年度には保険料率が10%以上の健保組合が全体の約4分の1に達しました。厚生労働省は、協会けんぽの料率引き下げに伴う健保組合の解散を防ぐため、財政支援策について財務省と調整する方針を示しています。
結論
協会けんぽの保険料率引き下げは、現役世代の負担を意識した象徴的な動きであり、賃金上昇の成果を一定程度還元するものです。しかし、その効果は限定的であり、少子化対策の新たな保険料負担や、高齢者医療への拠出増といった構造的問題は残されたままです。
持続可能な医療保険制度を実現するには、保険料率の微調整だけでなく、世代間・所得階層間の負担のあり方を含めた制度全体の再設計が不可欠です。今回の引き下げは、その議論を本格化させるための小さな転換点と位置づけるべきでしょう。
参考
- 日本経済新聞「中小向け健保、34年ぶり保険料率下げ」(2025年12月13日朝刊)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

