高齢化が進む中で、生命保険・医療保険の「請求手続き」が認知症と深く関わるようになってきました。認知症の発症により本人が判断能力を失うと、保険金の請求が滞り、必要な給付を受け取れない事態が生じることがあります。また、契約内容の照会や解約、新たな契約への変更など、本人にしか認められていない手続きが行えなくなり、家族の生活や医療費の負担に影響するケースもあります。
この記事では、認知症に備えて活用できる制度や、手続きができなくなるリスク、早めに準備すべきポイントについて実務的に整理します。
1. 認知症で何が起きるのか
生命保険契約において重要なのは、保険会社が本人の意思確認を前提に手続きを行うという仕組みです。
医療保険・終身保険・がん保険など、どの保険種類でも共通しているのは、以下の点です。
- 給付金請求は原則「被保険者本人」
- 契約内容の照会も「契約者本人」
- 解約や変更手続きは「本人の意思確認」が必須
そのため、本人の判断能力が低下すると、
- 給付金が請求できない
- 契約内容の確認ができない
- 不要な保険を解約できず保険料を払い続ける
- 手続きに家族が介入できず時間だけが過ぎる
といった問題が起きます。
認知症の増加に伴って、保険金受け取りのために成年後見制度を利用するケースが増えているという指摘もあります。
2. 指定代理請求制度を活用する
認知症に備える制度のひとつが 指定代理請求制度 です。
あらかじめ代理人を登録しておけば、本人が判断能力を失った場合に、代理人が給付金請求を行える仕組みです。
■ 指定代理請求制度でできること
- 医療保険・がん保険の給付金請求
- 必要書類の提出
- 入院・手術・通院などの給付手続き
■ 活用のメリット
- 認知症発症後でも給付金を受け取れる
- 医療費負担が大きい場面で迅速に資金確保ができる
- 成年後見制度を使うより手続きが簡単
■ 誰を代理人にすべきか
一般には
- 配偶者
- 子ども
- 同居家族
が選ばれますが、トラブル防止のため複数人を候補に設定できる保険会社もあります。
制度は多くの保険会社で無料導入されており、特にシニア世代では早めの登録が重要です。
3. 契約者代理制度とは何が違うのか
一部の保険会社ではさらに踏み込んだ仕組みとして 契約者代理制度 を導入しています。
■ 契約者代理制度で可能な手続き
- 契約内容の照会
- 保険金・給付金の請求
- 住所・氏名変更
- 契約の解約
- 保険料払込方法の変更
指定代理請求制度は「保険金・給付金の請求」に限られますが、契約者代理制度は契約全般の管理を代行できる点が大きく異なります。
■ 注意点
- 契約者の意思確認が不要となるため、家族間の信頼関係が不可欠
- 解約を巡るトラブルが起こる可能性もある
- 保険会社によって範囲や条件が大きく異なる
便利な制度である一方、誰を代理人にするか慎重に検討する必要があります。
4. 成年後見制度が必要になるケース
認知症が進行し、契約者代理制度や指定代理請求制度を準備していない場合、保険金請求や解約手続きを行うには 成年後見制度の利用が必要 となります。
■ 成年後見制度の特徴
- 家庭裁判所を通して後見人を選任
- 後見人は法律に基づいて財産を管理
- 手続きに時間がかかる(1〜2か月以上)
- 費用(後見人報酬)がかかる場合がある
特に、医療費や介護費用が必要な時期にすぐ保険金を受け取れない問題は深刻です。
そのため、成年後見制度はあくまで「最終手段」と考え、事前の対策を優先することが望まれます。
5. 認知症発症後に起きる典型的トラブル
以下は実務で非常に多い相談内容です。
① 保険証券の場所が分からない
本人しか管理しておらず、家族が契約内容を把握していない。
② 旧住所・旧姓のままで手続きが遅れる
住所変更や名義変更が行われていないため、書類が届かない。
③ 解約返戻金を活かせない
解約手続きができず、保険料の負担が続く。
④ 「お宝保険」の扱いで家族が困る
予定利率が高い時期に契約した終身保険は価値が高く、解約が適切か判断が難しい。認知症発症後は選択肢が限定される。
⑤ 給付金が未請求のまま時効
医療保険の給付金には請求期限があります。認知症で気づかず過ぎてしまうことがあります。
これらはいずれも、事前の共有と制度利用で避けられる問題です。
6. 認知症に備えるための「事前準備リスト」
家庭で実践できる備えを整理すると以下のとおりです。
■(1)契約一覧表の作成
- 保険会社
- 契約者・被保険者・受取人
- 保険種類
- 特約
- 保険料
- 解約返戻金
- 保管場所
これらを一覧化し、家族と共有する。
■(2)指定代理請求制度の登録
未登録であれば早めに設定。
■(3)契約者代理制度の利用検討
契約内容の照会や解約が必要な状況に備える。
■(4)住所・名義の最新化
書類が本人に届かない問題を防ぐ。
■(5)軽度認知障害(MCI)段階での見直し
判断能力がある段階で必要な見直し(特約整理・保険料負担の調整)を終える。
結論
認知症と保険手続きの問題は、医療費・介護費が必要な時期に給付金を受け取れないという深刻な影響を及ぼします。
しかし、指定代理請求制度や契約者代理制度を活用することで、本人の判断能力が低下した後でも必要な手続きが行える体制を整えることができます。
特にシニア世代では、
- 契約内容の整理
- 家族への情報共有
- 代理制度の登録
- 認知症発症前の見直し
が、保険本来のメリットを損なわないために不可欠です。
認知症への備えは、保険契約の把握と家族間の連携が鍵となります。早めの準備によって、将来の負担を大きく軽減できる取り組みです。
参考
生命保険協会「指定代理請求制度」資料
厚生労働省 高齢者・認知症関連データ
日本経済新聞(認知症・保険関連報道 2024〜2025年)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
