インボイス制度を巡る「経過措置」が、当初の想定よりも大きく修正される見通しとなりました。
免税事業者からの仕入れに対する仕入税額控除の割合は、2026年10月から一気に5割へ下がる予定でしたが、政府・与党案では7割に引き下げ幅を抑え、段階的に縮小する方針に転換しています。
制度の骨格を維持しつつ、現場の混乱と反発をどう抑えるのか。
今回の見直しは、単なる「中小企業配慮」にとどまらず、インボイス制度そのものが抱える構造的な難しさを映し出しています。
免税事業者からの仕入控除とは何だったのか
インボイス制度では、原則として適格請求書がなければ仕入税額控除ができません。
しかし制度開始と同時に、免税事業者が取引から排除される事態を防ぐため、あくまで時限的な措置として「一定割合の控除」を認める特例が設けられました。
この特例では、
- 2023年10月~2026年9月:控除率8割
- 2026年10月以降:5割へ引き下げ
という設計が当初から示されていました。
つまり、今回の論点は「制度の趣旨が変わった」のではなく、「下げ方をどうするか」という点にあります。
政府・与党案の修正内容
今回明らかになった政府・与党案のポイントは、以下の通りです。
- 2026年10月から2年間は控除率を7割とする
- 2028年10月から5割、2030年10月から3割へ段階的に引き下げ
- 特例の終了時期を2029年9月末から2031年9月末へ延長
- 仕入控除の適用上限額を年10億円から1億円へ大幅に引き下げ
控除率の引き下げを緩やかにする一方で、グローバル企業などによる制度利用を抑制する仕組みも同時に盛り込まれています。
なぜ「一気に5割」が避けられたのか
制度設計上は、2026年10月に5割へ引き下げること自体は既定路線でした。
それでも今回、あえて7割を挟む判断がなされた背景には、現場の実情があります。
インボイス制度の導入後、
- 取引先からの値下げ要請
- 免税事業者との取引継続を巡る摩擦
- 価格転嫁が進まない中小事業者の負担
といった問題が、想定以上に表面化しました。
制度の理屈としては正しくても、急激な控除縮小は取引関係を不安定にし、結果として経済活動を萎縮させかねません。
今回の修正は、制度の「正しさ」よりも「持続可能性」を優先した判断といえます。
上限額引き下げが示す本当の狙い
今回の見直しで見落とせないのが、適用上限額を年10億円から1億円に引き下げる点です。
これは明らかに、
- 国内取引を装った課税回避
- 多国籍企業による特例の活用
といったケースを意識した対応です。
インボイス特例は本来、小規模事業者保護のための措置です。
その趣旨から逸脱する利用を排除することで、「延長はするが無制限ではない」という政府のメッセージが読み取れます。
別の特例にも続く「段階的な正常化」
インボイス制度をきっかけに課税事業者となった小規模事業者向けの別の特例についても、延長と同時に負担調整が行われます。
個人事業主に限定したうえで、
- 適用期間を2028年まで延長
- 売上税額に対する納税割合を2割から3割へ引き上げ
こちらも「一気に通常ルールへ戻す」のではなく、時間をかけて本則へ近づける設計です。
インボイス制度は「完成形」ではない
今回の見直しは、インボイス制度がなお調整途上の制度であることを示しています。
制度開始時点では、
- 免税事業者の取引排除
- 中小企業の実務負担
- 価格転嫁の難しさ
といった課題が、十分に消化しきれていませんでした。
税制改正での修正は、そのツケを後追いで調整している側面があります。
結論
免税事業者からの仕入税額控除を巡る今回の見直しは、制度の後退ではありません。
むしろ、インボイス制度を現実に根付かせるための「時間稼ぎ」と「修正」の組み合わせといえます。
一方で、段階的とはいえ控除率は確実に下がっていきます。
事業者側には、
- 取引関係の見直し
- 価格設定の再検討
- 課税事業者への移行判断
といった対応が、これまで以上に求められることになります。
インボイス制度は、静かに、しかし確実に「通常運転」へ向かっています。
参考
- 日本経済新聞「免税事業者からの仕入れ控除、8割→7割に インボイス特例、政府・与党案」(2025年12月17日)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
