国税庁がAI活用を進め、法人への追徴税額が過去最多となった2024事務年度。調査の選定精度が上がったことで、従来は見逃されていた部分まで深く検証されるようになりました。
この流れは、ひとり税理士・小規模事務所にとっても実務の質を根本的に変えるものであり、顧問先へのアドバイスにも新たな視点が求められます。
本稿では、ひとり税理士として顧問先に伝えるべきポイントを、AI時代の税務リスク・調査手法の変化を踏まえて整理します。
単なる“調査対策”ではなく、顧問税理士としての価値を高める実務の方向性としてまとめました。
ひとり税理士の役割は「申告代理」から「税務リスクの可視化」へ
AIが税務調査の入口を変えたことで、税務調査は“偶発的に選ばれるもの”から、“データで選ばれるもの”へと変化しました。
つまり、
「リスクのある数字は自動的に見つかる時代」です。
この状況で顧問税理士に求められるのは、
①リスクを早期に把握し、②事前に是正し、③説明可能な状態に整える
という伴走型の対応です。
従来の「期末にまとめてチェックする」スタイルでは十分ではありません。
顧問先に最優先で伝えるべき5つの実務ポイント
① 月次決算の精度向上は“義務化”に近い
AIは月次データを用いて異常値を抽出するため、月次の乱れはそのまま調査リスクに直結します。
ひとり税理士として顧問先に伝えるべき核心は、
「月次決算の精度が上がれば、AI評価も安定する」
という点です。
特に重要なのは次の項目です。
- 売上の計上タイミング
- 原価率の変動理由
- 粗利率の業種平均との比較
- 経費の増減理由
- 現金出納の整合性
- 月次残高試算表の誤記チェック
これらはAIの“抽出ロジック”と一致しており、月次決算が整っていれば調査対象に選ばれにくくなります。
② 証跡の整備は「税務対策」ではなく「経営の必須インフラ」
AIは数字の不自然さだけでなく、証跡の不足も“疑義”として扱います。
顧問先が誤解しやすいのは、
「証拠は正しい取引のときは不要」
という考え方です。
しかしAI時代では、実態があっても証拠がなければ否認のリスクがあります。
ひとり税理士として顧問先に伝えるべき証跡の基本は以下の通りです。
- 契約書(または発注書・請書)
- 見積書・納品書
- 業務ログ(メール・写真・チャット)
- 成果物(データ・レポート)
- 振込記録
- 相手先の実在性が確認できる情報
これらは調査対策だけでなく、
取引トラブルの防止・内部統制の強化・金融機関対応
にも役立つため、「税務だけの話」にとどまりません。
③ 外注費は“AIが最も疑う科目”として教育する
国税庁が公表した事例のように、外注費はAIが特に注目する科目です。
理由は以下の通りです。
- 架空計上が起こりやすい
- 数字の変動が顕著
- 売上・原価との連動性が分析しやすい
- 契約書や成果物が欠けている企業が多い
ひとり税理士としては、顧問先に次の内容を徹底して伝えるべきです。
- 外注費は「契約書+成果物+ログ+振込」がセット
- 外注単価の変化は説明可能にする
- 同一外注先への支払い偏りはAIが異常値として扱う
- 外注費と売上の連動は重要な分析ポイント
実際の事例でも、AIが外注費の不自然さを指摘し、
法人税+消費税で3億円超の追徴となった例が公表されています。
「外注費=AIの重点監視領域」であることを顧問先に伝えることが重要です。
④ 電子帳簿保存法とインボイス制度は“AI分析の前提”になる
電子帳簿保存法やインボイス制度への対応は、
単なる法令遵守ではなく、
AI時代の税務調査の土台です。
顧問先に伝えるべきポイントは以下の通りです。
- スキャンデータは改ざん防止措置が必須
- 得意先・仕入先のデータ管理を体系化
- インボイス番号の不一致はAIが検知
- 電子・紙が混在すると整合性が崩れる
- 保存フォルダの統一ルールを作る
特に「電子・紙の混在」は、
AIの異常検知の対象になりやすく、調査官の指摘も増えています。
⑤ “顧問料を上げるだけの価値”を生むには、AI視点のアドバイスが必須
ひとり税理士にとって最も重要な視点は、
AIが見ているポイント=顧問先が改善すべきポイント
であるということです。
AI時代に顧問料を正当化できる価値は次の通りです。
- 不自然な数字の早期発見(AI視点の月次分析)
- 契約書・証跡整備の仕組み作り
- 外注費や原価の分析
- インボイス・電子帳簿保存法の運用体制整備
- 調査を意識した会計処理のガイドライン作成
- 従業員や役員向けの税務教育
つまり、顧問税理士の仕事は「数字を入力すること」ではなく、
数字の意味を読み解き、リスクを先回りして管理することへと進化しています。
AIの登場で、顧問先はむしろ税理士の役割を強く求めるようになり、
ひとり税理士にとっては「価値を高めるチャンス」でもあります。
結論
AIが本格導入された現在、税務調査は“数字の客観分析”を中心とした新しい段階に入りました。これは顧問税理士の役割を大きく押し上げる変化でもあります。
ひとり税理士として顧問先に伝えるべき核心ポイントは次の通りです。
- 月次決算の精度向上は必須
- 証跡の整備は税務だけでなく経営インフラ
- 外注費は「最重要リスク科目」
- 電子帳簿保存法・インボイス対応はAI分析の前提
- “AI視点の税務アドバイス”こそ顧問料の価値になる
AIは敵ではなく、整った経理体制を持つ企業ほど有利になるツールです。
ひとり税理士にとっては、顧問先の経理成熟度を引き上げることで、
調査リスクを下げ、顧客満足度を高め、顧問契約を長期化させる大きなチャンスになります。
参考
・国税庁「税務行政におけるAI活用の現状」
・国税庁 2024事務年度 法人調査統計
・日本経済新聞(2025年12月報道)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
