SNSの普及により、タレントと企業のやり取りは手軽になりました。しかし、これは同時に「契約書が存在しないまま仕事が始まる」という新しいリスクを生み出しています。Vチューバー市場に限らず、エンタメ全体で書面契約が徹底されていない現状は、報酬未払い・条件の食い違い・権利関係の不明確化など、多くの問題の根源となっています。
本稿では、契約実務における基本ポイントを整理し、タレントが自らを守るために必要な視点をまとめます。
1 なぜ書面契約が必要なのか
書面契約には次の三つの役割があります。
- 条件の明確化(報酬額、支払日、権利、制作範囲)
- トラブル時の証拠(編集不可で履歴保全が可能)
- 双方の責任を可視化
SNSのDMやチャットアプリでは、編集が可能で証拠性が弱く、裁判・紛争時に不利になりやすい特徴があります。特にディスコードのような編集可能なプラットフォームでは、「合意した/していない」の食い違いが生じやすく、タレント側の弱い立場をさらに不安定にします。
2 報酬条件の明記が最重要
契約書がない場合、報酬や支払日が曖昧にされてしまう危険性があります。
・金額が確定していない
・追加作業が後から請求される
・支払日が不明確で振込が遅れる
・成果物の使用範囲が不明
特にVチューバー案件では、動画制作・ボイス収録・グッズ監修など業務内容が多岐にわたり、追加作業の線引きが曖昧なまま案件が進行しがちです。
3 契約書に盛り込むべき主要項目
最低限、以下の項目を明文化することが望まれます。
・報酬額、支払日、振込手数料の負担
・業務内容(制作範囲、修正回数の上限)
・著作権、肖像権、二次使用の範囲
・成果物の納品形式と期限
・キャンセル・中断時のルール
・秘密保持
・ハラスメントや安全面の配慮
企業側にテンプレートがない場合、自身で簡易の「覚書」を作成することも有効です。
4 「送付だけでも残す」証拠管理の重要性
どうしても書面契約が難しい場合には、次の方法で証拠を残せます。
・チャット内容をPDF化して保存
・議事録や合意内容をメールで送付
・通話内容の要点を双方で確認
形式的にはチャットで合意していても、確認メールを送るだけで証拠性が大きく向上します。
5 未払いを防ぐ“分割型”契約
制作案件では、報酬を三分割する形が最も安全です。
(1)着手金(契約成立時)
(2)中間金(素材提出時)
(3)残金(納品時)
事務所の倒産リスクや企業側の支払遅延に対して、着手金方式は一定の安全策になります。
結論
SNSで簡単に仕事を受けられる時代こそ、契約実務の基本が重要です。
書面契約は“堅苦しい儀式”ではなく、タレントの安全と収入を守るための必要条件です。仕事の自由度が高まるほど、契約管理の重要性は増しています。
今後は、タレント側だけでなく企業側も標準化された契約プロセスを整備する必要があります。
出典
・日本経済新聞2025年12月1日朝刊「SNSで契約 Vチューバー受難」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
